らげたけと終わらないおはなし

 それはらげたけがどこかにいった後のお話でした。

 あるところに一人の探検隊がありました。
 正確に言えばそれは探検隊ではなく、探検隊の魂のようなもので、基となった探検隊は既にそこにはありませんでした。ただ、その名残たる魂だけがそこにあり続けて、終わりのない探検を続けておりました。
 探検の道は一様に白く、ただただ何も無いがあり続けるだけの終わりなき無の荒野で、彼自身、いつからこれを続けているのかは覚えておりませんでした。それは昨日始まったようにも思えましたし、また千年の昔より続いていたようにも思いました。それほど何一つもが無く、ただただ虚無ばかりが終わることなく占める中を延々と探検しておりました。
 しかし、探検隊が考えるには、何も無いということは何か裏があるからで、それを探し出して明らかにすることが探検隊たる己が使命と思ってありましたので、何も無いの中にある何かを見出すべく、終わらない探検をひたすらに続けておりました。

 ある時のことです。
 探検隊がふと気付くと、そこは真っ暗闇の中でした。
 そこは、そこもまた何も無く、全てを深淵に飲み込まれたかのような空間でした。
 今まで存在していたものがあまねく消え去ってしまったかのような中をそれでも探検していると、まるで己が探検もまた終わりを告げてしまったかのようにまで感じられ、探検隊は身震いを感じて急いで気を取り直し、探検が終わらないように探検をし続けました。
 いつ頃前かは定かではありませんでしたが、確かに昨日か、またもしくは千年の昔かには、彼は間違いなく何も存在しない無ばかりの白い荒野にいた筈なのです。
 それが今やこんな場所にいるということは何かの裏があるからで、それを探し出して明らかにすることが探検隊たる己が使命でありましたので、その為にも探検の手を止めるわけにはいかなかったのです。
 彼は探検を続け、探検を続けました。

 いくらほどの時間が経ったのでしょう。
 探検隊が探検を続けていると、側に語り部がいることに気が付きました。
 気づかなかったのはつい今し方それが出てきたからでしょうか、それともそれはずっと側にあったのでしょうか、気づけば語り部はそこにあり、探検隊に語りかけ続けていました。
 探検隊としては探検の糸口になりうる語り部の存在は気にかかりましたので、それの語り続ける話の途中からを聞くことにしました。
 いつからいたのかは分かりませんが、語り部がこうやってあって、語りかけてくるということは、やはりそこに何かの裏があると考えたからでもありました。

 それはこういう話でした。

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 そうして天文学者たちがそれを世界の終わりと観測した時には、もう既に時間はあまり残されてはおりませんでした。
 情報がすぐさま誰もに渡るようになっていた時代では、それを彼らの内に秘めておく事は酷く難しいもので、その事実はまたたく間に世に知れ渡り、世界は混乱に陥りました。
 世界が終わってしまう、そのどうにもならない事態に人々はうろたえ、騒ぎを起こすもの、信仰にすがるもの、諦めから命を断つもの、思考が停止して受け入れるを選ぶもの、怪しげな道に手を染めるもの、さまざまが現れました。

 そのように様々ありましたが、私の周りでは、仮想世界へと逃げ込む方が多かったように思います。
 当時は今ある肉体ではなく、自分の作った姿で顕現出来る世界が別に存在し、一部の富ある人々は特殊な装置を身につけて、別の世界へと潜って遊んでいたのです。
 それを利用し、一時的なものでなく、完全にこちらの自分を切り離し、あちらの世界に移行すれば世界が終わっても別の次元で好きな姿で、今まで通りか今まで以上を暮らせるというのが仮想空間に逃げ込む人達の考えでした。
 あなたのような探検隊の方もおられました。彼は仮想世界を探検し、現実世界で広めるという活動をしておりました。
 私としましては、あんた一人で隊なのかという気持ちも強くありましたが、活動の中で様々な方と通じ合い、今思えば、それはやはり隊であったのではという風にも感じます。
 彼もまた、世界の終わりに際して仮想世界を逃げ場とし、何処かに消えてしまいました。
 最後に会った時の様子では、とてもじゃありませんが憔悴しきっていて、まるで探検ではない目的であの世界へと向かっていったように見えましたが、果たして探検する心まで向こうの世界へ連れて行けたのかは分かりません。
 かくして、彼もまた、他の知る人の多くもまた、仮想世界を新世界と選び、発っていきました。

 まあ、私の身の回りの話はさておきまして。

 そんな各々がめいめい勝手に世界の終わりを迎えようとしておりましたが、らげたけは特に何も考えがありませんでした。
 ただなんとなしに、大丈夫なんじゃないかなあと、そう思っておりました。
 それもそのはず、らげたけというものは元より終わることがないものでありましたので、世界の終わりが何もかもを終わらせたとしても、らげたけは終わらないが故に終わることは無いと分かっていたからでした。
 そして、いっしきさんもまた、特に何も考えておりませんでした。
 いっしきさんというものは、なんというか、常に終わっていて、その時もまた終わり続けておりましたので、世界の終わりが来ようが何だろうが、特に終わり続けているこの身が何か変わるわけでもあるまい、終わりに呑みこまれようとも、終わっていることに変わらないのだからという考えでありました。

 さて、そうやって特に考えもないままにらげたけといっしきさんがぼんやりしている間に、皆は既にそれぞれ決めておりました。
 いっしきさんもらげたけも、既に決めた人達から仮想空間に誘われたりもしましたが、らげたけは終わらないが故に仮想空間に行くとこちらの世界での存在が終わってしまう為、終わらないらげたけは終わることが出来ず、仮想空間へと向かうことが出来ませんでした。
 いっしきさんもまた、常に終わっていた為、行くことは叶いませんでした。常に終わっている為には、常に終わり続ける為に常に終わらせる為の何かがないといけなかったからです。
らげたけも、いっしきさんも、あり方は違えども、あり続けるより他はありませんでした。
終わらない為にあり続けること、終わり続ける為にあり続けること、それは極となるものでしたが結果として同じことでありました。

 そんな中で、ふと、いっしきさんは思いつきました。
 らげたけは終わることがないので、世界の終わりが迫って来たところで、終わっている場所、終わりゆく場所からは追いやられてどんどんとまだ終わってないところへと向かい続けるのではないかと考えたのです。
 そうと決まれば、と、さっそくいっしきさんはらげたけにしがみつきました。
 世界の終わりはもうすぐそこまで迫って来ていたのです。宇宙の限りなく広がりゆくように、世界の終わりもまたとどまるところを知らず広がり続け、それは光よりも速く襲いかかってきて、全てを終わりに飲み込んでいきました。

 一瞬の内に何もかもが終わりました。
 これまで積み上げてきた人の歴史も、残された星々の記憶も、ありとあらゆるものがチリも残さずただの何も無いになりました。
 そんな中で、らげたけは世界の終わりに追いやられながら、そのぴっちり外側を飛ばされていました。
 いっしきさんもらげたけにしがみついたまま、世界の終わりのいちばん外側にぴっちりくっついて飛ばされていました。
 当然のことながら光よりも速く動き続けてありましたので、らげたけにもいっしきさんにも、とてつもない物理法則が働いておりましたが、その物理法則が働ききる前に、その物理法則すらも世界の終わりに呑みこまれて消え去っておりました。
 らげたけもいっしきさんも飛ばされ続けました。

 そうして幾らが経ったでしょうか。
 世界の終わりは宇宙を全て呑みこみ、全ては何もなくなってしまいました。
 その何もなくなってなお全てを終わらせんとする世界の終わりの外側に、らげたけといっしきさんは、ただひっそりとあり続けてありました。
 何もかもが終わっても、らげたけは終わらないが故にあり続け、いっしきさんは終わり続けるが故にあり続けました。

 ただただ、らげたけといっしきさんがあり続けましたが、その他には何もなく、ただ世界の終わりが消し去った何にも無いがあたり一面にあるだけでした。

 気がつくとらげたけの姿がありませんでした。
 いっしきさんが寝返りをうっている間に間違えて飲み込んでしまったのかもしれません。
 もしくは寝返りをうったらげたけに飲み込まれてしまったのかもしれません。
 どちらにせよらげたけはどこかに行ってしまっていました。
 しかし正直それはどうでもいいことでした。
 いっしきさんが終わり続けるが故にあり続けるように、らげたけは終わらないが故にあり続けているのは分かっていたので、何も気にせずとも問題はなかったのです。
 らげたけはあり続けるのです。
 いっしきさんもあり続けるのです。
 それは極となるものですが結果として同じことであり、ただもののあり方の裏表のようなものでした。

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 語り部の話すのを聞きながら、探検隊は記録を取りつつ、話を反芻しておりましたが、不思議なことに今聞いたばかりの話の筈なのに、その記憶はさらさらと消え落ちていってることに気がつきました。
 記録を見返してみると、びっしりと書き込まれた端から、これまたさらさらと文字が消えていきます。
 語り部を見れば、語り部自体もまた端から塵芥へと化し、どんどんと終わりを告げているではありませんか。
 しかし、なんとも不思議なことに、それらは常に終わり続けてありましたが、終わりきるということがなく、常にあり続けてありました。
 そしてなんとなしに、探検隊もまた、自分自身も終わり続けてあるのだなと心で理解し、それ故に終わることはないのだなとも理解しました。
 語り部の話は終わり続け、それを聞く探検隊の探検も終わり続け、しかし、それらはいつまでも、いつまでも終わることなくあり続けました。
 そう、終わり続ける物語は決して終わることはなく、ただいつまでもあり続けるのでした。

 探検隊が瞼を閉じると、瞼の裏に一様に白く、決して終わることのなくあり続ける無の荒野が見えました。
 それはいつかどこかで見たような気がすれども見覚えがなく、しかしそれが見えるということは何かの裏があるからで、それを探し出して明らかにするのが、探検隊たる使命であると、探検隊は思いました。

めでたし、めでたし。

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