らげたけと信号機のおはなし

 それは暖かくなってきた頃のことです。

 根雪の下で春を待っていたらげたけは、雪解け水と共に露わになり、沢を流れ落ちて目を覚ましました。
 どうやら待ち遠し春がやってきたようです。
 らげたけは春にはいっしきさんと落ち合う予定でしたので、流れてきた沢をのぼり、待ち合わせの広場で狼煙を上げました。
 そうしてしばらくを待ちましたが、半刻が過ぎてもいっしきさんは姿を見せませんでしたので、仕方なし、らげたけはそこら辺を散歩して待つことにしました。

 らげたけがあてもなくブラブラしていると、脈絡もなく信号機を見つけました。
 信号機は縦に2台あり、間には横断歩道が植え付けてありました。
 それは若草のような新緑の青を光らせており、どうにも眺めているのに落ち着く雰囲気でした。
 らげたけは折角なので黄と赤も見ておこうとそれを見続けていましたが、どうにも不思議なことに一向に青のまま、延々とその3つある丸の左側で照らし続けてありました。
 根気よく待てども全く変わる気配が微塵も感じられないので、らげたけも途中で飽きてしまい、広場に戻ることにしました。
 きっと対向車線が無いので変わる必要がなかったのです。
 そう思いながららげたけが広場に戻ると、広場ではいっしきさんが待ちくたびれていました。
 どうやら四半刻ほど待ち続けていたようで、非常にご機嫌が不機嫌で斜めになっておりました。
 らげたけは斜めになっているいっしきさんを真っ直ぐに戻すと、本日待ち合わせまでしたご用事を訪ねました。
 用事は特にありませんでした。
 なんとなくらげたけが目を覚ましたら会っておきたいというのが強いて言えば用事でした。
 らげたけも文字に書き起こしづらい何とも形容しがたい表情になりましたが、特に他に用もなかった為、それはそれでよしと思うことにしました。
 その日のらげたけは、あとをのんびりとして、いっしきさんと過ごしました。


 それは暑さもいよいよの頃のことです。

 春眠が暁を覚えなかったらげたけは、三尺玉と共に打ち上げられ、夏の夜空の華を彩ったあたりで目を覚ましました。
 ひゅるひゅると落ちていく先に打ち終えた華を満足に片付けるいっしきさんを見たらげたけは、そちらに向けて空を蹴り、一筋の流れ星の如く突っ込んでいきました。
 狙いは逸れていっしきさんには当たらず、砲台を壊すだけにとどまりましたが、いっしきさんは割とおそれた様子で、流石に二度は同じことをしないだろうことを確認したところで、らげたけの目に不思議なものが映りました。

 また信号機を見つけたのです。
 場所こそ違えど、それは先に見たものとやはり同じもののようで、アマガエルに水の滴ったような緑色の青を光らせており、やはり色が変わることはないように思えました。
 らげたけは側にいるいっしきさんを呼び、その信号機を見せました。
 いっしきさんは正直なところそんなものには興味がないといったご様子でしたが、それでもらげたけに付き合って、一緒に眺め続けました。
 信号機はいつまでも色を変えずにいたので、そのうちらげたけもいっしきさんも共に飽きて、その場を後にすることにしました。


 それは名月が見えないので団子を見立てていた頃のことです。

 引かぬ暑さにグッタリしていたらげたけはいっしきさんに揺さぶられて目を覚ましました。
 探検隊の人が来たので秋の味覚を探しに森の道案内を始めてほしい旨を聞いて、そういえばそういうお話だったとらげたけはいそいそ準備を始めました。
 向かう先は道の奥にある芋煮屋敷です。
 そこは食材を採って帰るともれなくしあわせになれるともっぱら評判の場所ではありましたが、なにぶん迷いやすく、入った人間が数十年の後に当時の状態で出てくるなど色々な妖しい謂れを持つことでも有名だった為、現地に詳しいらげたけの手が必要だったのです。
 らげたけの準備が整うと、一行は森の山に潜りました。

 さて、らげたけは困りました。さっそく探検隊がいっしきさん共々はぐれたのです。
 しかもここはどこでしょうか、一番詳しいらげたけ自身にも分かりません。
 とりあえずこういった場合は来た道を戻るのが無難ですが、らげたけは詳しいと自負していたので適当にそこら辺をうろついておけばその内分かる場所に出て連中も見つかるだろうと付近を特に何も考えずにふらふらしてみました。
 そうしてどこをどう歩いたか分からなくなったあたりで、ふと開けた場所に辿り着きました。

 そこは熊などのたくさんいる広場でした。
 熊などは広場の中心を眺めており、その広場の中心には信号機がありました。
 信号機は三度変わらず同じように周りの木々たちよりも緑色に青を光らせてありました。
 しかし今のらげたけはそんな状況ではありません。しかも運良くこの広場には見覚えがあります。この場所でこの向きなら、向かう先は背中側です。
 何故あんな場所に信号機があったのかは正直気にはなりましたが、はぐれてる迷子たちの方が重要でしたので、らげたけはそちらを優先して進みました。
 進んでいる途中で帰路についている探検隊と出会いました。
 探検隊はしっかり秋の味覚を見つけ、道すがら撒いていた迷子防止のキラキラ石を頼りに来た道を戻っているところでした。
 探検隊はしばらくを待っていたようで、らげたけがはぐれていたことに心配をしておりました。
 いっしきさんは待ちきれずに先に帰ったとのことでしたので、らげたけは探検隊と一緒にそのまま帰って、夜通し芋煮会をしてから別れました。


 それはブリザードが吹きつけて樹氷など作っていた頃のことです。

 軒下で凍えてカチンコチンになっているところに大きなつららの降ってきたものが刺さって、らげたけは目を覚ましました。
 あたりは一面に雪いっぱいの冬景色で、軒から先もまた雪の壁でした。
 雪を掘り進んで軒上に向かい、ひょっこりと顔を出すと、周りはただの白い一帯になっていました。
 今の地面を司る雪はフカフカしており、丁寧に扱わないとすぐに沈んでしまいそうなほどでした。

 そのフカフカした雪原に、奇妙にも信号機が生えていました。
 相変わらず横断歩道を挟むかたちで縦に2本並んだ一対で佇み、ただただ白の占める中で緑色だけを青く光らせてありました。

 見ると、信号機に向こう側にいっしきさんが見えました。
 いっしきさんはらげたけの方をじっと見ていたようでしたが、そのまま振り返って向こう側の奥の方へと歩いて行きました。
 変に胸騒ぎがしたらげたけは信号機の方に駆け寄ろうとしましたが、すぐに雪原に沈み込み、そのままズブズブと埋まってしまいました。


 それは暖かくなってきた頃のことです。

 根雪の下で春を待っていたらげたけは、雪解け水と共に露わになり、沢を流れ落ちて目を覚ましました。
 どうやら待ち遠し春がやってきたようです。

 らげたけが跳ね起きて、さてどうしてこうなっていたんだっけかと周りを見渡してみると、そこには信号機がありました。
 らげたけはそれで冬を思い出し、すぐに信号機を渡って、いっしきさんを探すことにしました。

 ふと、なにかを感じ、らげたけが振り向くと、信号機は赤に変わっていました。

 それでらげたけは、もうこちら側には戻ってくることは出来なくなってしまったのだと、そこで初めて分かりました。
 らげたけはそのままいっしきさんを探しにどこかへと向かっていきました。

めでたし、めでたし。

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