らげたけとしあわせな世界のおはなし

 それはいつのことだったのでしょう。それがどこのおはなしなのかはらげたけにも分かりません。

 らげたけがいつものようにふよふよとしていると、いっしきさんがいるところに着きました。
 いっしきさんはゴロゴロしながらねこのたくさんいる中に埋もれてありました。
 世の中は何もかもがなくなりつつありましたが、不思議とねこはそこかしこに溢れ、またいっしきさんも何故かしぶとくこの世界に居座り続けてありました。

 らげたけが、こんなさびしげな世界になってもいっしきさんはしあわせそうで何よりだなあ、などと思っていると、いっしきさんもらげたけに気付いてヌッと起き上がってご機嫌にあいさつをしてきましたので、らげたけもあいさつを返しました。
 そうしてらげたけもまた、ねこに埋もれてゴロゴロとしてみたりをしました。
 陽は落ちることも、新たに昇ることもなく、常にポカポカとあり続けてありました。

 らげたけはこれはこれでよしと思っておりましたので特に気にもしてはありませんでしたが、いっしきさんがどうなのかはいまいちよくわかりませんでした。
 正直なところを言えば、いつの間にやら居なくなっていったみんなや、あれやこれやも、一緒にあり続けてくれた方が良かったのではないのかなあとも思うところもありましたし、いっしきさんももしかしたらさびしがっているのかもしれません。

 そんななんでもない思いつきをいっしきさんに訊ねると、いっしきさんはそれは大丈夫という風でした。
 いっしきさんはいかにも大丈夫そうに、それは大丈夫なので大丈夫ですと言いました。
 しかしらげたけにはそれがどう大丈夫なのかさっぱりわかりませんでしたので、別段気にかかることでもありませんでしたが、一応訊いてみることにしました。
 それはこういうことでした。

 どうやら、この世界というのはいっしきさんの世界でした。
 この世界はいっしきさんのしあわせの為にあって、この世界ではいっしきさんは不幸が許されないようでした。
 なので、いっしきさんが不幸になる世界はこの世界からも多くに枝分かれしていくつもあるようですが、そこに選ばれたいっしきさんはいっしきさんの記憶には残らないということでした。
 いっしきさんが不幸になる世界に行って不幸になると、いっしきさんの意識は不幸になる分岐の地点まで巻き戻されて、いっしきさんにもわからぬ内にしあわせへ続く世界への方へと導かれていくということでした。
 そして。
 そして、どうやらそれはいっしきさんだけにとどまらず、誰しもそれぞれに存在し、皆が各自のしあわせになる世界へと導かれていくらしいのです。
 この世界にはもう割と誰もいませんが、その誰も各々が不幸な分岐から抜け出し、一人一人のしあわせへの道を歩んでいっているということでした。
 それはらげたけにおいても例外ではなく、らげたけもまたらげたけの意識に残るのは不幸を辿った道程ではなく、ただしあわせの道を歩んだものだけであるようでした。

 らげたけはそれを聞いてその日はいっしきさんとさよならをしておうちに帰りましたが、なるほどいっしきさんはおおよそとんでもない大嘘吐きか勘違い、ホラ吹きだろうなと解りました。
 いっしきさんの言うことがたとえ本当だとしても、それは誰にも観測できるものではありませんし、いっしきさん自身にも分かり得ぬことなのです。
 それにもしそうなら、このただただいっしきさんとねこたちばかりのいるさびしい世界は、らげたけのしあわせには結びつきません。
 らげたけは皆が誰一人として欠けることなく、いつまでも無限にしあわせに暮らす世界の方が絶対にしあわせに感じると思いました。
 それに、ねこはともかく、いっしきさんはこんな風に頭の悪そうなどうでもいいことばかりを言ってきてむしろ鬱陶しいくらいです。
 だとすると、いっしきさんの言うところで言えば、コレはらげたけの世界ではないし、だとすればらげたけ自身がコレを意識出来ていることがおかしいことになります。

 らげたけは明日にでもそれを問おうと思ってその日は床に就きました。
 陽は落ちることも、新たに昇ることもなく、常にポカポカとあり続けてありました。

 さて次の日、らげたけがろんぱをするべく意気揚々といっしきさんのところに行くと、そこにはいっしきさんのお墓が建ってありました。
 どうやらいっしきさんはねことゴロゴロし続けるあまり寝食を忘れ、その不摂生が祟っておなくなりになられていたようでした。
 やっぱりいっしきさんは間違っていました。
 ここが自分の世界であるように言いながら実際は飢えてダメになっていますし、残されたのはらげたけとねこたちだけです。
 らげたけはみんなが居なくなってさびしくしてますし、ねこたちは何を考えてるのか分かりやしません。
 結局らげたけにとってもいっしきさんにとっても、しあわせな世界などは存在しませんでした。
 らげたけはしばらくふよふよしていましたが、そのうち徐々に端っこの方から塵になって消えていきました。
 ねこたちも段々と数を減らしていき、世界には何もなくなってしまいました。


 らげたけは、ふと一瞬だけぼんやりしていたことに気がつきました。
 特に何かうとうとしてたわけでもなく、変に考え事をしてたわけでもないのに、刹那の間にとても非常にすごく長く広い世界で過ごしていた夢でも見ていたように感じました。
 しかしそれを思い出そうにも何も思い出せるものもなく、それはらげたけが単にそう思っただけの気のせいでした。

 前を見れば花があります。
 らげたけは既視感を受け、以前この花を手に取ったことがあったと思い出しました。
 この花を手に取ったところで向こうの方からなんだかよく分からないものがやってきてそこら辺の石につまづいてこけていたのを思い出したのです。
 しかしそれはデジャビュでした。
 誰にもありがちなよくある勘違いです。
 らげたけはデジャビュと分かると、デジャビュには真っ向から立ち向かっていく構えでしたので、その既視感に背いて花を手に取らずにいました。
 そうしてらげたけが花を取らないでいると、向こうの方からなんだかよく分からないものがやってきました。
 それは大体六角形のような形をしたものに手足が一対とひとつのおめめがついて、オマケに頭から葉っぱでも生えた奇妙な生き物で、そこら辺の石につまづいて、こけました。
 ソレはらげたけの方までやってくるとご機嫌にあいさつをし、自身がいっしきさんというものである旨を伝えました。

 そのいっしきさんというものがどういう何なのかはらげたけには全く分かりませんでしたが、そのいっしきさんとやらも含めて、全ての存在がいつまでも無限にしあわせにあれば、それこそしあわせな世界になるだろうなあ、と、そのように思いながら、初対面にも関わらずなんだかおかしなおはなしを始めるいっしきさんに付き合うことにしました。

めでたし、めでたし。

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