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町田有理「根をゆく水は痩せて澄みつつ」(4日目)

旅も中間地点にさしかかった。『何にもしない合宿』が早朝7時半でお開きになり、土日は社務所が開いているのではないかとの淡い期待から、旅人の2人と別れて季節の御朱印が有名だという佐野原神社を訪れる。神社の貼り紙によると、社務所が開いているかどうかはすべてご縁だそうで、何度も訪れて縁結びするしかないようだった。文芸にまつわる神様に旅の見守りをお願いした後に境内を散策すると、夜の雨で落ちた銀杏の実が灯るように散らばっていて、その愛らしさにほっこり。

秋が来る
「昨日、一粒残らず掃除したのにさぁ…」という氏子の声。佐野原神社は明治時代に建立された比較的新しい神社で、年間を通じて花や緑が目に触れるようにしっかりと手入れがなされている。

旅先にも関わらず下を向いて歩く癖のある私は、noteに旅人日録を書くためにコメダ珈琲へ向かう道すがら、ご当地マンホールを発見する。

カラフルなヴァージョンは市内でも少し珍しい

この桃源郷のような場所は、いったいどこだろう。観光情報からするに、五竜の滝ではないだろうか。15時に東地区のテニスクラブが始まるまでの間、ここに行こうと思い立つ。

五竜の滝を真正面から眺めることのできる吊り橋は民家の中にある。
人数制限は5名。一方通行待ちの列ができることも
写真ではわからないけれど、かなり縦揺れがする
マンホールに描かれていた場所を実際に訪れると、住宅街を合成したような不思議な光景が広がっていた。滝は五本のうちの三本で、向かって右側にあと2本ある
吊り橋を渡ると風情ある売店が構えている

若山牧水の歌碑の前まで行き、テニスクラブに行こうと来た道を戻ると、昔話の書かれた看板を発見。『さるかに合戦』を彷彿とさせる物語はしかし、一読すると完全懲悪ではなくただの不条理で、今の価値観に照らし合わせてしまうと「それぞれにそれぞれの道理があるのを無視しないように」という解釈に留まってしまうところがもどかしい。裾野市になる前の町単位の資料は鈴木図書館の郷土資料には見当たらなかった。この『富岡村郷土誌』はどこで読めるのだろう。市役所に問い合わせてみようと思うけれど月曜日までは休日。きっと何かまちづくりについての示唆があるに違いない、という感触があるので、もし何かご存じな方がいらっしゃったら、教えてください。


「裾野百科1〜3」も、どうにかして読んでみたい

街中を流れる水の音を聴きながら、テニスクラブが開かれている裾野市民体育館のテニスコートへ。朝に『何にもしない合宿』で別れた面々が、もうここに集っている。何だったら13時から卓球をしてきた子もいるよ、と聞いた。このパワーはいったい、どこからみなぎってくるのだろう。ちなみに東地区のスポーツクラブは8種類あり、つまり1日を午前と午後に分けて別プログラムをする日もあるのだそうだ。

水の流れる音を聴くと山裾を実感する
手前はホストの小田さんとアーツカウンシルしずおかのKさん

アーツカウンシルしずおかのKさんと前日も訪れた佐野八幡宮のお祭りを見学。

本殿の前でダンスパフォーマンスがされていた
2日連続の裾野水餃子。裾野市は餃子の消費量が日本一だという

贅沢なことに、裾野市に滞在している旅人界隈(と言ってもMAWの3名だけれど)で、「車がないとなかなかハード」と噂されていた屏風岩に連れて行っていただけることになる。屏風岩の近くには、この日2基目の若山牧水の碑があった。

この渓(たに)の岩のかたちぞ面白き
根をゆく水は痩せて澄みつつ

“様々な形をした大きな岩の根元を流れる緩くても清らかな水の景観こそが人生の境地と讃えた歌です。” <若山牧水の碑より引用>

解説板には他にも牧水の動向が記されていて、滞在して景色が面白かったのでまた戻ってきた…なんて、まるでMAWの旅人のようなことをしていたんだな、とふいに近しさを覚える。MAWは私たちからしてみるととても先進的な試みだけれど、私たちの旅のスタイルは一昔前の歌人に近くて、新しい懐かしさに満ちている。

市内には、あともう一基あるという

Googleマップを見ながら、駐車場に辿り着き、丁寧に草刈りをされた小道をKさんと下っていくと、遠目にもはっきりと幾何学模様が見えた。
梯子をおりて大きな石や漂着した切り株を越え近づくと、自然の能舞台と見まごう荘厳さに圧倒される。

下から見上げるとボリューム感がある
ここで舞を観たい
滝の音が重くて渋い
水流で抉られ、顕わになった根元の造形。味がある

離れがたく見入ってしまい、道中の古民家を見学しながら駐車場まで戻ると、いつの間にか意見交換会の時間が迫っていた。Kさんと前夜に続いて台湾料理店興福楼へ直行する。

『何にもしない合宿』を主催する裾野おやじの会のメンバーには、高校生や大学生、20代の社会人が多く所属しており、合宿以外にもキャンプや遠足などの企画を開催する際には、世間的な”おやじ”ではない彼らがおやじ的に場を見守る役を率先して担っている。(ちなみに年配の構成員は「大(おお)おやじ」と呼ばれている)
この日はイベントの進め方やトラブルへの対処について、なかなか白熱した率直な話がされていて、お互いがお互いに意見を言う姿があった。
けれども、そのどちらも最終的に「回を重ねるしかない」という意見に着地していて、その延々と続いていきそうな意見交換と悲喜交々を受け入れる姿勢自体が、私の近辺ではあまり見られなかったものだったので、ただただ感心する。
MAWの意見交換会というのは、アーティスト(旅人)と地元の意見交換を目的にしているという認識は一応持っている。けれども、アーティスト(旅人)が地元の意見交換の場に触れた今回の意見交換会は、意見交換自体の可能性を少し広げたように思う。それがなぜ、どうしてなのかは、まとめ記事に書きたいと思う。

18日の最終日まで、あと3日間ある。観光地を巡るのも、意味のあることではあるけれど、少しもったいない。折角だから、ごく個人的な裾野のおすすめの場所・モノゴトはありますか、と尋ねてみた。

「じぶん、よくひとりで滝に行きますよ。学校帰りとか」

若山牧水も、地元に暮らす方々も、MAW旅人の私も、人生のある一時を富士山の裾野の水の流れに重ねていたのだと知った、心豊かな一日だった。



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