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木原萌花「静岡市清水区:滞在まとめ」

6泊7日の滞在を経て、未知の土地の歴史を知り、地理を知り、最後には自分の中で大きな存在感を持った場所に変わっている。劇場で公演をするために色々な土地にいくのとは違い、明確な目的がない中でどのような関わり方ができるかを手探りで進んだからこそ、一つ一つの体験が自分の中に不思議な残り方をしている。

静岡市清水区の第一印象は、「安心」。海と山の恵みが溢れ、暗さのない豊かな土地だった。あとは水の流れ、風の流れがいつも側にあること。忙しない都市とは違い、人もどこかゆったりと暮らしている。だが、閉鎖的な感じは受けない。人も物も文化も、常に風や水の流れにのり変化し続けている、人々は外の世界のものが入り込んでくることに慣れている、受け入れている印象を受けた。町について知るにつれて、東海道が通り、昔から他国と貿易をしている港町である歴史がなるほど、このような町を作ったのだろうと納得した。

そのように豊かな中でも、同じ豊かさがずっと続くわけではない。ひと世代前から人口は減り、人の暮らし方も変化している。町の中でも空き店舗は目についたが、荒廃感や寂しい感じを受けず、ただ淡々と役目を終えて佇んでいる、と言う印象が、不思議と清水の人たちの人柄の穏やかさと重なった。
いつも吹く海風にさらされて、ある意味ドライに、立っている。

今回私は意識的に特徴のある建築についてリサーチしたが、守り残されている建物でもその「残り方」は様々だった。ホストの次郎長生家、東海道の旅籠、清見寺、元歯科医院、日の出倉庫群、山奥の廃校など。
歴史ある建物、もう今では再現できない方法でつくられた建築物、それらを残し守ることはしつつ。でも誰にも活用されず、ただ残るために残っていることには、どこか寂しさを感じてしまう。エッセンスを残しつつ時代に合わせて変わっていき、人が使う場所になる方が、この街には合っているような気がする。
と言うのも、やはり旅人として訪れ、強く印象に残るのは「人」だと思ったからである。人が動いて生きて喋りかけてくれるからこそ、訪れた人の記憶に残る。実行は言うほど容易くはないだろうが、一つ先例があればどんどん進むような気がする。

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まちづくりとアート。地域おこしとアート。
ざっくりいうとその組み合わせの企画は日本各地で数えきれないほど生まれ、継続発展しているものや消えていくものなど様々に動いているように見える。

経済と産業がぐんぐん発展していた時代から変化していく中で、お金や物質とは違うところで豊かさの糸口になる、そのような期待を「アート」は背負っているように見える。

自分が「アート」の人間なのか、その前提に疑問はあるが、それでも自分の細々した活動がアートであると仮定して考えてみる。
何かを作ろうとした時。発想したこと思い描いたことをとりあえずやってみる。ここが第一のハードルで、他人の目や、それを実行して何になるんだろうという自問自答を行ったり来たりして、しばらく思っていることさえ外に出せない期間を経て、やっと一歩目を踏み出す。そして公演なり展示なりの目標までの間、納得いく形にするために、失敗やどんでん返しを繰り返しながら、うんうん(文字通り)言いながら少しずつ形にしていく。
そのような作業を、町おこしに紐づけて行うとはどういうことだろう。と思っていた、今でも考えている。

もしかすると、だから作品を創る人の役割と、企画の意味や作品の位置づけをするキュレーター的役割は異なるんだろう。

もしくは、自分の創作、とは分けて考え、アート的視点を取り入れて半分ずつコラボレーションをして企画を一緒に作る、くらいの立ち位置の方が良いのか。その辺りのやり方やバランスをとるには経験が不足していると感じた。

実戦に勝る学びはない。今回ホストである次郎長生家を活かす会の方々と意見交換をしたり、商店街の方達とお喋りしたことから学び、新たな疑問や課題を多く得た。
自分の立場から言うと、自分の作品を多様な場所で上演し多くの人に見てもらうことが目的。しかし当然その場所には、地元の人の思い入れや歴史がある。劇場以外のイレギュラーな場所を使いたいと思えば尚更である。

私は、場所に付随する物語や空間的特徴を活かした上演をしたい。でもそれは、その場所の歴史を説明したり、PRしたりすると言う目的・論理に沿って創作できると言うことではない。自分の抱いた印象であったり偏った言葉のイメージだったりを拾うために、どのような表現になるかは作る私もわからない部分である。
つまり、そう言う意味では場所の魅力を自分の作品のために「利用する」。

人が集まる。
それだけで、何かしらの企画を起こす意味はあるとホストのNPOの方は言う。
そうかもしれない、人が集まれば物もお金も多少なりとも動くから。
でもやはり、外側から、ご縁あって関わる身として自分に何ができるだろう、と、これからも考え続けることになるだろうと思う。

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