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新井厚子「お茶畑と山の間の逗留日記」まとめ編


藤枝という縁もゆかりもなかった土地に、縁あって滞在1週間。日常の中に光る原石が見え隠れする風景と、想像と妄想が交わるあっという間の7日間でした。

なぜ旅に出る?

このマイクロ・アート・ワーケーション(MAW)のプロジェクトで私たちアーティストは「旅人」と位置付けられています。「タビビト」なんだかロマンティックな響きです。
旅に出ると、日常から離れて場所を移動することで、何気ないものも新鮮な輝きを持って見えてきます。また同じ分だけ戸惑いもあります。いずれにしても、いつもと違う風景に惹かれ、それを形にしたいと思ったりします。
私は、移動や旅にまつわること:異国に住んだり、滞在制作をしたり、異文化の中での戸惑いなどからインスパイアされて多く作品をつくってきました。数年前に生まれ故郷に居を移し、根を生やしつつ、この土地の文化の深さにハマり、今度は内側からの視点でものをみることに変換させてきました。
コロナ禍もあり、動かない時期が長くなると、よそからの風に吹かれたい、ここでない風景をみたいと思いがふつふつとつのり、お茶の畑が広がるまちにやってきたというわけです。

滞在を終え2週間が経とうとしている今、この旅が何だったのかを、あらためて考えています。

旅の支度、そして移動

全ての旅の行程の中で何が楽しいって、準備の時間だと思います。地図を見て風景を想像したり、イベント情報や美味しいもの情報を調べたり、電車の時間を見たり。静岡は朗らかな人が多そうだし、富士山は雪景色で見えるし、お土産はうなぎパイ。そんな想像の中、旅は始まりました。

京都府北部から、早朝、霧の中を出発して電車に乗りついで東へ。太平洋側にかかると、空が高くて陽の光が変わりました。お日様がすっきりと地面に届いていて、影がくっきりと潮風に吹かれるようです。思い出すのがバルセロナの海岸線に沿って走る郊外電車でした。たどり着くのはスペインの海岸の街か…と、うつらうつらとしているうちに藤枝到着。暖かい風とサッカーの看板と、ホストの藤枝市役所のお二人の鈴木さんと前日到着のお二人の旅人が迎えてくれました。

市之瀬滞在、ご近所の話

藤枝の中山間地域、といいうことで滞在先は「市之瀬交流ヴィレッジおかえりに」にお世話になりました。元幼稚園の人のぬくもりをのある空間で、勝手にアーティスト・イン・幼稚園です。山あいに川に沿って開けた地域で、お茶畑、石段、坂道と落ち着いた秋の風景が広がっていました。そんな集落を石段と小道の迷路に迷いこみながら散歩してみました。

菜園で畑仕事をする人、石段に板を敷いたベンチで日向ぼっこをするおばあちゃん。他の人が座れるスペースをちゃんと用意しています。ご近所の軒下では、手作業をしながら井戸端会議。横でおじいさんがニコニコ聞いています。お馴染みの白い軽トラで通りがかったおじさんは、地下足袋で足下をキメて老人会の相談。日常の何気ない風景、どこにでもありそうで、ここにしかない風景です。

坂を降りると、古い民家を改装していた地元の大工さんと立ち話。「以前はここもあそこもお店があったがなあ」と懐かしげに話します。風景が折り重なった中に、そこを縫うように、いろいろな物語が織り込まれています。そんな人達の話をもっと聞いてみたいと思うのでした。

井戸端会議で牡蠣をいただきました。

お祭りのこと

鈴木さんお二人に、地域のお祭りや、風習に興味を持っている話をしたら蔵田のお神楽を紹介してくれました。到着した日の夜、さっそくお神楽の稽古を見に蔵田地区へいきました。高根白山神社の麓にあるお堂に地域の人々が集まり、日曜日に迫ったお祭りに向けて準備が進んでいました。稽古の後は、一升瓶とビールが出てきて一杯。村の話や、祭りの話が飛び交います。世代を超えた情報交換の場です。

私の住む地域では高齢化が進み、担い手がいなくて消えてしまったお祭りもあります。この地域では若い人も参加してお祭りが行われています。時間も手間もかかることです。それを続けていく力はどこから出てくるのでしょうか。

夜遅くまでお神楽の稽古は続く

旅の中の旅〜南米パタゴニア、そして古い茶の木

地域の魅力は、いろいろな観点から考えられます。それが地元の人にウエルカムなものなのか、通りすがりの旅の人が興味を持つものなのか、何を求めるかは、すれ違うこともあるでしょう。この滞在中にふと心に残った風景の一つに、地球の裏側を連想させるシーンがありました。

到着した日、大久保のキャンプ場とグラススキー場、屋内スポーツ施設を案内していただきました。気持ちのいい天気の平日、小川が流れ、まだ秋になりきらない静かなキャンプ場です。キャンプサイトもコテージにもひと気はありません。道を隔てた隣には草原のグラススキー場で、人っこ一人いない中、有線の音楽が流れ、名物の椎茸入りコロッケの顔出し看板が見えます。地域の自治会に委託管理されているそうで、食堂を切り盛りされているエプロンがけのおばさんが、私たちの訪問を不思議そうに見ていました。

人はいない、芝生は緑。

近くには屋内射撃場を備えたスポーツ施設があります。広大な体育館には射撃の的が据えられ、台の上にはライフルを構えるマットが準備されています。やはり、近所のエプロンがけの、落ち着いた年齢の女性が事務所にいて、ロビーにはかわいい手作りのグッズも飾ってあります。屋内射撃場の和やかな空間です。

人のいないキャンプ場やスポーツ施設は、映画のワンシーンのようです。ふと南米の最南端に位置するというパタゴニアの風景が頭に浮かびました。唐突に、平日のひと気のないキャンプ場や射撃場から、行ったことのないアルゼンチンとチリにまたがるパタゴニアを思い描く妄想の一瞬でした。

後日、写真を撮りたくてキャンプ場に戻りました。天気のいい暖かい週末で、家族連れで比較的賑わっていて、食堂も忙しそうで、まあよかったです。
パタゴニア幻想は平日に限ることにしました。

これが屋内。射撃の的ははるかかなたに見えます。

キャンプ場からさらに奥に入ると、樹齢300年のお茶の木があります。その木を世話しておられる平口さん夫妻にお茶をご馳走になり、家のお茶工場を見せていただきました。昔の製茶の道具やお茶の保存用地下室。昔は手作業で時間をかけて揉んで、作ったそうです。重厚な古い機械、竹や藤の繊維で編まれた道具。毎日飲むお茶をこんなふうに作ってみたいと思うのでした。

マニファクチャーという言葉を思い出す重厚な製茶の機械

「パタゴニア」の妄想、映画の中に紛れ込んだような風景。大切に世話をされている古いお茶の木と製茶の道具。お伽話の中に紛れ込んだような瀬戸谷の物語です。それは、美しい色の絵具になる岩絵具の原石を見つけたようなもので、手間をかけて生成すると輝く色にもなります。でも、すぐに活用できる観光資源の観点からは程遠いものかもしれません。そんな、こっそりと潜んだ美しいものがたくさん隠れているように思えた山あいの風景です。

日々の暮らしから続く

滞在も終わりに近い日曜、稽古を見学したお神楽を標高730メートルの高根白山神社まで見に行きました。12の章でなるお神楽は、神聖な雰囲気ではじまり、コミカルでおどけた場面あり、本物の剣が出てくる緊張の場面がありと4時間近い舞台でした。お祭りは毎年10月29日で平日だろうが週末だろうがその日だそうです。
世界中どこもかしこも平たくグローバル化していく中で、秋になれば、村のお堂に集まり、稽古をしてお酒お酌み交わし、続けているお祭り。その意志のようなものに未来に向かう力を感じます。

最終日、滞在先の元幼稚園「おかえり」では次週から始まる展覧会の準備が忙しくなっていました。教室には作品が展示されていきます。ここでもう1ページの物語が始まります。使った部屋の片づけの後、坂を降りて石段を登り地域を一回り。お昼時の村は、みなさん家でお昼ご飯を食べているのか静かなものです。でも小道の曲がり角からいろいろなお話が聞こえてきそうです。

そんな日常の風景や、お祭りを楽しみに暮らす人のいるこの辺り。歩く足元に幾重にも積み重なっているであろう物語をおもいながら、そろそろ時間と、お借りしていた布団や鍋を車に積んで、市之瀬を後にしたのでした。

おわりに

7日間、多くの人に出会い、はじめての場所を訪れました。インプットしたものを、どう消化すればよいのか迷いました。何かを残していきたいというおもいと、その意味を考える時間でもありました。いろいろなことがパズルのように散らばり、何千もの可能性があるように思えます。一幕が終わり、ここから何かの形に繋いでいきたいと考える今日この頃です。

最後に、とても丁寧なサポートをして頂いたホストである藤枝市役所の鈴木庸介さん、鈴木智之さん、プロジェクトにかける熱量がまちを動かしていくのだと実感しました。心より感謝いたします。1日ずれてご一緒しました旅人の石原悠一さん、寺田凛さん、いい時間を共有できて嬉しいです。きっとまたどこかでご一緒できると予感します。

それから、来る前に想像したことで、藤枝滞在中は、富士山は見ませんでした。お土産はサッカーエース最中を頂きました。3種類のあんが美味しかったです。藤枝のお茶と一緒に味わいました。想像通り、朗らかな人にたくさん会うことができました。
旅の間、お目にかかった皆さん、いい出会いをありがとうございます。またお会いしましょう。

グラススキー場の瀬戸谷コロッケ、食べに行きたいです。


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