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高野ゆらこ「9月8日曇り一瞬の雨3100文字(7日目)」

ついに最終日。
小雨が降っている。
あんなに遅く布団に入ったのに思ったよりすっきり起きられた。
荷物をまとめる。
気になっていた温泉宿に日帰り入浴できるか連絡してみるとOKとのこと。まずは最後に温泉を堪能することに決める。

全部の行動に『最後の〜』とつくんだな、と思うと寂しくて仕方ない。
道すがら、港月堂でいちごチーズどら焼き購入。

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先日マダム静子のおうちで、おやつに出していただいて感動したどら焼き。中のチーズクリームが軽くて美味〜

「花舞 竹の庄」に到着。

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圧巻の佇まい。

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もともと新宿にあった遊郭の建物の材料一部をこちらに持ってきて、この地で旅館として建設されたのが昭和8年のこと。
その後、戦争が始まり階段の飾りやら手すりやらに使われた金属もすべて持っていかれてしまったそう。

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何もそこまで、と思うほどの豪華さは昭和のバブル期にはぴったりだったんだと思う。
当時は何人もアルバイトがいて、庭の草むしり専門のパートさんが毎日『落ちた種も拾うくらい』綺麗にしてくれていたんですよ、と今となっては見る影もない庭を見ながらご主人がつぶやく。

あそこにはかつて池があって、池の名前はシンジ池と言いました。
シンジ、は心に字と書きます。
池が心という文字の形をしていたんです。
池の中には滝があり、親亀と子亀、舟を模した岩もありました。
親亀の頭の部分には本物の松明を燃やして、松を燃やすとそれはそれは真っ赤になるんです。
遠くから見るとうちが真っ赤になってるもんだから、火事かと思われたくらいなんですよ。

ご主人の止まらないおしゃべり。
当時の光景を昨日のことのようにお話ししてくださる姿に、なんだか心が苦しかった。
だって、その日はおそらくもう絶対に戻ることはないし、今この建物がゆるやかに朽ちているのを目の当たりにしているから。

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「掃除しても追いつかないんです」
高齢のお母様と暮らしながらお一人で広大な旅館を守るのは簡単じゃない。
それでも、おそらく時間外にも関わらず「日帰り入浴がしたいんです」とお邪魔したわたしに丁寧に説明をしてくださり、2箇所のお風呂を貸切状態で堪能させて下さったあたたかさに感謝します。

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浴室、エモが爆発してます。
ほんの少し塩味のする温泉は源泉掛け流し、消毒なし。とてつもなく贅沢な時間を過ごした。

「最後の」お昼は、2日目にお邪魔したカフェへ。
絶対再訪しよう、と決めてたのでチャンスがあってよかった!

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全部丁寧に作られていて、大好きなスパイスがしっかり効いてて最高。
そしてとんでもないボリューム!
大好きな自家製ジンジャーエールは持ち帰りたいくらい美味しい!
「河津どうでしたか?」物静かなマスターが聞いてくださる。

こんなことあんなこと、とにかく毎日ずっと楽しかったです、とお伝えする。涙が込み上げそうになる。
ご馳走様でしたまた来ます!
マスターがお見送りしてくださる。あー今日はいちいち泣きそうになっちゃうな。

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コロさんバシさん和田さんと合流、最後にみんなで河津八幡神社へ。
「力石を持ち上げた河津三郎」というふんわりとしたパワーワードに惹かれて。詳しいことはこちらを読むとわかりやすいかと思います。
全国で石持つ人、いるよね…。力自慢、っていう昔の文化がそもそも馴染めないけど。今よりずっと物理的に「力がある」ことが大事だったのかな。

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河津町出身の彫刻家後藤白童氏が作った像が左右にあります。

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白童さんに歴史あり、というか明らかにクオリティが違う…。
力石三郎に比べて蘇我兄弟の凛々しいこと!
わたしで言ったら、初舞台と最近の舞台での芝居を並べて発表されてるようなもんだな、と思った。恥ずかしすぎる。
(ものすごく適当な解釈です、作られた年代だけで勝手に想像しています)

「イシクラゲだ!!」
駐車場で、コロさんが創作で使用している「イシクラゲ」を大量に見つける。
これ、正直わたしには説明不可能なのだけど、ものっすごくざっくりいうと、乾燥状態でも生きることのできるイシクラゲを和紙を作る際に一緒に入れてイシクラゲ入り和紙を作る、と言っていました。
その創作に込められた思いも聞いてすごくグッときたのだけど、わたしの説明では拙すぎるのでやめておこう。本当にかっこいい。

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細胞分裂で増えるイシクラゲ
20億年以上太古の昔から同じ形で、ずっとあるらしい。見たことはあったけど、初めて触った…。思ったより全然抵抗ない。ヌルヌルしてるのかな、と思ったけど、感触はプルプルで繊細な生キクラゲって感じかも。

唐突に4人でイシクラゲ採取タイムが始まる。うわ、これ楽しい!
「これ見て、結構分厚くない?」
「これもなかなかですよ!」
神社の駐車場でしゃがみながら盛り上がる大人4人。ブリンブリン選手権だ!とか言って。
何でも遊びになるっていいな。

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「ダイヤモンドでも落ちてんのか?」
向かいの鰻屋さんから出てきたおじいさんに声かけられる。
「ダイヤモンドではないけど、わたしたちにとったらダイヤモンドみたいなものです!」
おじいさん、ものすごく不思議そうな顔してた。

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コロさんのおかげで、物の見方がぐいんと変わる気持ちいい体験をさせてもらった。
イシクラゲのことをコロさんが「彼らは」と言っているのがとても印象的で、命をもつ一つの個体として、創作の材料というより仲間のような目線で話しているのが良かった。

また絶対会おうね、河津で仕事しようね、そう力強く約束して解散。

みんなと別れ、踊り子の時間まであと少しあるのでお土産を買ったりしつつ、どうしても気になっていた河津城址跡まで歩いてみることに。
マダム静子が「てっぺんに一本の桜の木があってね…」と言っていたのをこの目で見てみたかったのだ。

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舗装された道路から、ハイキングコースに入る。
けっこうな山道。あれ?これ、電車の時間までに戻ってこれるかな…?
うわ!蜘蛛の巣だらけだ!せっかく温泉入ったのに汗でベタベタ、蜘蛛の巣に攻撃されて一人大パニック。さっきまで和気藹々楽しかったのに!なんかものすごく孤独!今度は本当に色んな意味で泣きそう!

残念だけど道半ばで引き返すことに。勇気ある撤退、次来た時にやりたいことができてよかったじゃん、と自分を励ましながら山道を戻る。
道路に出るとそこは河津駅のすぐ真下。

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不思議な形のトンネル。
高さ180センチ、だいぶ低い。

信号が変わるのを待っていると、あれ!?コロさんカー(and帰り同乗してるバシさん)じゃん!!!!
車が停まって、なになにどうしたのー??と話す。
別れてからずっと寂しかったから、嬉しい!
行こうと思ってた場所が色々休みで、今から伊東のほう回って帰りますー、これあげますー、とバターどら焼き渡される。
今度はほんとにバイバイー、気をつけてね!と手を振る。

そして最後に和田さんの車で、宿から駅まで荷物を運んでもらう。
「最初に戻りましたね。」
駅に着き、和田さんが言う。
ほんとだ、一週間前、同じ場所で和田さんと初めて出会ったんだ。

そのあとコロさんバシさんと合流して。
今日はその逆。二人と別れ、和田さんと別れる。
「一周しましたね。」
初めて会ったのが先週の金曜日だなんて信じられない。
たくさんの話をして、たくさん笑った。

「旅人と仲良くなった選手権、12団体あるホストの中で和田さんぶっちぎり1位ですよ!」心からそう思った。

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踊り子に乗って帰る。
雲は厚いが雨は降らない。
さっきもらったどら焼きをさっそくパクリ。
彼らは今頃どの辺りを走っているのかしら。

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天気にめぐまれ、
人にめぐまれ、
出会いにめぐまれ、
食と酒と湯にめぐまれた一週間だった。

改めて、2日目のnoteにも記したこの言葉を書きたい。

出会ったどの人の人生も愛おしい。