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伊藤雄一「函南町滞在まとめ」

今回のマイクロ・アート・ワーケーションの企画は、沼津市にある居酒屋「魚鳥木」の店主であり音楽家のドラマルくんが教えてくれた。彼は東京の自由が丘にある焼き鳥屋の次男坊で、何年か前に沼津に裸一貫で移住し、店を構えた。裸一貫と言っても、Tシャツと短パン、それと女房やすこさんを連れてだ。
私も最近、東京からの移住を考えていたところだった。その移住先の一つとして、沼津あたりを考えていた。どういう訳かそこには移住した友人が複数いる。ドラマル&やすこ夫妻もそうだし、漫画家の尾上龍太郎先生、戸田でシキミを育て農家民宿を営む奥田さんだ。彼らの手引きでこの地には愛着がある。そして豪雪地帯で生まれ育った私にとって、温暖で冬でも空と海が青いこの地方は天国のようにも思える。魚はうまい。歴史的に主たる街道でもあるためか、人々は大らかでフレンドリーに接してくれる。すぐさまマイクロ・アート・ワーケーションに申し込みをした。

函南町について

静岡県内の候補地から数カ所を選び、私を選んでくれたのは函南町だった。
その函南町の盆地・丹那地区にある「酪農王国オラッチェ」がホストとして迎えてくる。
函南町は今までの自分の認識だと、「熱函道路」の「函」の文字部分で、熱海の背中にある町という認識だった。今回はじめて足を踏み入れる町だ。
夏休みと有給を組み合わせ、軽自動車をレンタルして函南町に向かった。
東京生活ではほとんど車を運転しないが、改めて乗ると運転が楽しい。

丹那地区

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画像は伊豆スカイラインから撮ったもの。丹那地区がコンパクトな盆地であることがわかる。首を垂れてきた稲穂の水田が美しい。
この丹那地区の地下170mには丹那トンネルが通っている。大正時代の東海道線は箱根-伊豆の峠を越えていたが、熱海から海側を貫いて三島を通すことで山越えを解消するべく伊豆半島を貫く丹那トンネルが計画された。工事には人の手と牛馬に鳥、火を使い掘り始められ、工期中には関東大震災や湧水、温泉の噴出や崩落が相次いだ。16年かけて完成し、今では新幹線が通るにまでになっている。
このトンネルが通ったことによって丹那地区では水枯れが起きてしまい、多量の水に依存する山葵
栽培や水田を縮小することになり、畜産が始められたようだ。

酪農王国オラッチェ

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今回のホスト丹那地区にある「酪農王国オラッチェ」は丹那牛乳を使った製品開発や地ビールの製造など6次産業化を推進する、農業体験や動物とのふれあいができるテーマパークだ。牛や羊、兎などの家畜を見て回る。初秋の風が稲穂を波のように揺らし家畜がいる舎を抜けていく。風通しがよくて気持ちよさそうだ。
滞在期間中はなるべく丹那産の乳製品を見つけて摂るようにした。地産地消がいちばんなのは勿論、贔屓目なしに美味しかった。丹那コーヒーやヨーグルトについては毎日飲みたいと思うほど気に入ってしまった。素材が良いのは勿論として、複数の糖分使いが相当に計算・洗練されている。

斜面の町

函南町で水平な場所といったらほとんどは水田や農地に使われている。山はかなりの標高まで住宅や別荘で開拓され、斜面に張り付くような建物がよくあった。これは私の育った雪国だとできない生活スタイルだ。もし雪国の冬だったら、家から出るのにもアイゼンやピッケルが必要になる。軽自動車をうならせ、くねる坂道を探検するのは楽しい。

畑毛温泉

宿は畑毛温泉の大仙家にした。温泉旅館に連泊するのは初めてだ。
畑毛温泉はぬる湯で有名らしく、長湯が気持ちいい。湯船には海獣のように佇んでしばらく動かない先輩方がいて、私もそうなった。
温泉には温泉街が付きもの──と思っていたが、畑毛温泉には温泉街や繁華街といったものは隣接していない。久しぶりにとても静かな夜を過ごして、自分と向き合った。温泉につかり、湯上がりは丹波乳製品または少々のアルコール。
数泊目に沼津まで飲みに出てみた。予想に反して、バスと在来線の繋がりがスムーズで苦はなかった。

函南からはいろんなところが近い(三島や沼津、熱海)

伊豆半島の根本にある函南町は、東に熱海、西に三島・沼津、南に伊豆の国が隣接している。車ならばそのどれもがアクセス良く周遊できた。
函南町内ではJR東海道線、伊豆箱根鉄道駿豆線が利用でき、本数も特に少なくはない。

negura campground

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私が函南に滞在していると知った友人からLINEが届いた、大学の友人が函南町でキャンプ場をやり始めたから行ってみろという旨だった。
そのキャンプ場を始めた方は渡辺竜矢さん。オラッチェで行われた函南町の方々との意見交換会に出席なさって出会うことができた。
渡辺さん自ら「negura campground」(ネグラキャンプグラウンド)を案内してもらった。

見晴らしの良い高台にあるキャンプ場は、駿河湾から富士山の絶景を見渡せる。こんなとこでキャンプや音楽イベントなんかあれば最高だと色々想像した。
渡辺さんは函南に移住してこのキャンプ場を始めたとのこと。広い面積が整地されている。移住してここまで整備するには大変な労力が必要だっただろう。
改めてゆっくりと遊びにいこう。

ワーケーション

滞在日の一日をいわゆる「ワーケーション」に当てた。これはご存じのように「Work(ワーク)」と「Vacation(バケーション)」をガッチャンコさせた言葉である。今回の企画もマイクロ・アート・ワーケーションであるから、本来の目的の一つといっていいだろう。
午前中から宿泊部屋のデスクでノートPCを開く。そのまもなく気分転換で函南町近隣を散歩し、宿に帰り温泉につかり、持参していた漫画や書籍を読み、お昼寝した。そんな感じで進んだ仕事は目論見の5%ほどといったところ。まあ、悪くはない。
仕事が進まないのは普段からでもあり、これはほぼ自分のせいだけども、本邦の旅館やホテルの多く洋室は、くつろぎや何かのムードを優先させているため、デスクワークするには照明が暗すぎる。
したがって、宿泊施設がワーケーションを意識する場合は、通信環境の充実はもちろん、居室の照明を明るめにすると良いはずだ。居室のテレビ画面をもう一つのPCモニターとして使用できるように、PCと繋げられるケーブルの貸出なんかあれば素晴らしい。
もとい、今回それらの環境があってもワーケーションの「バケーション」だけになってしまうかもしれないんだけど。

まとめ

函南町に一週間の滞在を終え、振り返りながらこれを書いた。
ここでは久々にゆっくりできる時間を過ごせた。旅は外部入力であり見聞を広げる行為であると同時に、自分を思い出したり問うことでもあると改めて実感した。自分の次の焦点がすこし明瞭に見えたかもしれない。連日の温泉はとても気持ちよかった! 自分は料理が好きなので、地元産の野菜や加工肉、駿河湾の鮮魚類などを調理できないのが少し心残りだった。次回は例えばキャンプ場で地物のものを調理して味わいたい。その土地でできた物や、その生産者の意図や顔を知って食べるものが本当にいちばん美味しい。
最終日、帰りに沼津に寄ってこの企画を教えてくれたドラマル君の「魚鳥木」でランチを食べる。和風の居酒屋だけど、ここはカレーもうまいんだ。
彼は移住して店を切り盛りし、ナイスな友人たちと音楽を作ったりしている。私がちょうど函南町に滞在してるタイミングで、新しい楽曲集をリリースした。
白隠正宗の高嶋酒造の高嶋一孝さんもRAPで参加した「継ぐも継がぬも」、良い曲なのでみんな聴いてほしい。

Doramaru
https://www.tunecore.co.jp/artists/Doramaru-415