野口竜平「小さな林を運ぶ人々(4日目)」

昨晩、一通りの活動がおわって宿にもどると、フロントの女性に「今夜の男性はあなたひとりだから、風呂場をあがったらお湯を抜くので教えてください」と声をかけられた。風呂の貸し切りが約束されたわけであり、これはチャンスとおもい、200円の生ビールを2杯注文。それを浴場にもっていって湯に浸かりながらビールを飲むのであった。たのしい。

しかしなんだかやることが多くてそわそわしてしまう。
先日の鯖江で出会ったお坊さんは、「収まり」について説いていた。
「すべてのものは落ち着く場所に落ち着こうとするが、落ちつく場所というのは常に流動的であり、固定されることはない」とのこと。たとえば皆で輪になって話している時に、一人加わったら、その分おのおのが位置をずらして調整するように。
「遭遇」は、内外の役割や既存の枠組みを崩し、それぞれがバラバラな状態で存在するつかのまのーー非日常的な「共異体」を生み出す。解放されためいめいは、宙を漂いながらお互いの存在を認識し、喜んだり、驚いたりする。そんな無重力の交歓は一時的なものであり、その後にそれぞれが再びちょうどよいような場所に動いていって、最後におこるのは要素の「収まり」なのである。収まる先が、もとの場所であった場合、既存の役割や枠組みの必然性は強調され、そうでなかった場合、以前より理にかなった(美しい?)関係がうまれることになる。
今年中にやるべき活動がぐちゃぐちゃしており、これから年末まではずっと走り続けなくてはならない。走り続けるための道筋をたて交通整備をしておきたい。しかし道筋が見えてこなくてもバタバタしないことにする。困ったらひとます反復横飛びをしよう。振り子運動を繰り返すことで、常に新しい余地が生まれ、そこにはきっと収まるべきものが収まりにくる。常に余白をつくりながら、振動しながら収まりを待つべし。

そんなことを考えながら、グビグビとビールを流し込み、ひとりゲップをするような夜だった。



今日からこの不思議宿を離れ、ビルをリノベーションしたいい感じのゲストハウスに泊まる。なんとこれからの3日間は、ほかに泊まる客がいないので実質2フロア貸し切り状態とのこと。貸し切りに縁がある。ドミトリーなので、あんまり無闇に電話とかはできないかなと思っていたが、ほかに人がいないとなると全くの無問題である。
そのまま無人のゲストハウスでオンラインのミーティングをしたり、ほか細々とした仕事を少し動かす。
夕方からは、瀧瀬さんに沿海マッピング━━陸からみた海沿い、海からみた陸沿い、のメディアづくりの相談(主に編集)をさせてもらった。一定興味をもってくれたようで、このまま話が進むとうれしい。

ビルの2階でピザ屋をやっているイッペイさんがパラグライダー(?)の空の旅から帰ってきたので、3人で屋上へ。富士山をみながらこの町のことについてはなす。
イッペイさんは、富士市を流れる無数の川をいちいち遡行し、その源流をみつけにいく、という探検を続けていて、富士山の麓の森に足繁く通っているよう。「なんかわからんけど、おもしろいからやってる」とのことで、探検部で沢登ののめりこんでいた先輩たちもみんなそんな雰囲気だったことを思い出す。透明に透き通った滝壷にダイブする動画をみせてもらった。

そのまま3人でタイ料理屋へ。
イッペイさんは、この町が30年後に衰退する様子を、かなりの解像度でイメージできており、その深刻さの話をしてくれた。おれはここ数日の滞在で、この町の絶妙に適当なテンションに好感をもち、ポジティブに楽観視していたのだが、経済や人口の話になるとまた違ってくるよう。
この街は明治以後、製紙工場を中心とした工業を基盤に発展してきたのだが、ここ30年ほどでその工場があからさまに衰退している。よって街が基盤ごとぐらついているのだが、みんなバラバラ(前回の記事参照)なだけあって工業以外の街全体で盛り上げうる産業があまり出てこない、とのこと。
また、教育が専門でもある彼は、それが街の子供たちにも悪い影響をあたえてしまうことを考えているよう。
ピザ、教育、富士探検、とイッペイさんの不思議な活動の原動力にはそういった問題意識もあるようで、瀧瀬さんとアーティストインレジデンスをつくろうとしていることも関係するのだろうと思う。

おれは一旦途中で抜け、東京のアーティストと蛸壺の土器をつくるための電話をしたのち再び合流。

二次会のバーではテキーラを飲む。隣に座っていたイッペイさんの仲間のキムさんと話した。キムさんは自ら祭りのために生きていると言うほどのお祭り大好き人間。6月の2週目に盛大に行われる吉原祇園祭について詳しく教えてくれる。
21の地区がしのぎを削り、おみこしと山車で大暴れする狂熱のおまつり。酒を飲み、太鼓を叩き、威勢を張り合い、水をかけられ、海へいき、酒を飲み、みこしを担ぐ。

23時ごろ解散、ゲストハウスに戻る。「みこしには竹をさす」と言っていたことが気になり検索してみた。

どういうわけか、みこしから無数の竹笹がぼうぼうに生い茂っている。
みんなで小さな林を運んでいるかのようであった。