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石黒健一「ヤマモトコーヒー一番館、みつばちたちの秘密、雑木林、ぼら納屋、J-GARDEN、富戸小学校、重岡建治アトリエ、浜名亭(5日目)」

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昨晩撮り損ねたK's Houseの姿を対岸から眺める。

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朝は久しぶりに喫茶店のモーニングへ。老舗のヤマモトコーヒー一番館。タバコが吸える一番館。タバコの吸えない二番館も道路を挟んで道向かいにある。

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奇遇にも、この日の午後に伺う彫刻家・重岡建治さんの彫刻が所狭しと陳列されている。創業53年を迎える店内に置かれた彫刻は時間の経過を物語る肌をしていた。

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お店の方に重岡さんとの関わりについてお伺いする。創業時のオーナーが重岡さんと交友があり、作品をたくさん購入されたそうだ。広報物のイラストも重岡さんが手がけたものが使われていた。

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薄羽さんと合流して「いとうすもうPT」という移住促進活動を行っている団体が開催する「みつばちたちの秘密ワークショップ」に参加する。伊豆に移住され独立、養蜂を事業として手掛ける「みつばちのーと」の田中章雄さんによるセイヨウミツバチの養蜂についてのお話、個人でニホンミツバチの養蜂をされている倉本憲一さん、山本文夫さんによるニホンミツバチの生態と飼い方、ミツバチと人との関わりについてのお話を聞く。

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話の後はそれぞれの蜂蜜の食べ比べ。セイヨウミツバチは決まった花の蜜を採取することから、花ごとの蜜を生産することができるので花別で味わうことができる。一方ニホンミツバチは様々な花の蜜を集めるため地域ごとの植生の変化で味が変わる。この会場を提供した牧野設備の牧野さんのニホンミツバチの蜂蜜は今まで味わったことのない若干の酸味とコクが非常に印象に残った。

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(薄羽さん撮影)
このワークショップに参加されていた麻生良久さんと共にぼら納屋で昼食をとる。麻生さんは新聞社で勤められた後、アメリカのカリフォルニア州のサウサリートという街でギャラリー・ピアッツアのディレクターをされていた。その時に谷川晃一さんの展覧会の開催をきっかけに谷川さんと交流が始まり、伊豆高原で25年続いた「伊豆高原アートフェスティバル」に携われた。個人では「雑木林」という同人雑誌を手掛けられていて、最新号で創刊11年目、24号を迎える。薄羽さんも同人に参加され執筆されている。

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食後、麻生さんのご友人の石井良彦さんが手がけられる富戸のカフェ、宿泊施設のJ-GARDENへ。

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短時間の滞在であったが、伊東のガウディ建築といった佇まいで、石井さんご自身で手がけられた施設は随所にこだわりが満ちていて非常に興味深かった。大室山の噴火によって生まれた溶岩石を素材とされた球体の空間は元は昔のマッキントッシュのサーバールームだったなど経緯も面白く、様々な事業を手掛けられている石井さんにまた改めてお話を伺いたい。

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その後、大室高原の重岡建治さんのアトリエに寄せていただく。隙間なく置かれる彫刻の数に圧倒される。

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重岡建治さんは満州で生まれ、引き上げののち熱海に移られた。熱海に今でも営業されているわんたん屋で岡持をされるなかで当時定時制であった伊東高校に通われる。彫刻家の圓鍔勝三に弟子入りし木彫を教わったのち、つてもなく単身渡伊され、憧れていた彫刻家のエミリオ・グレコの門を叩く。グレコの元、ローマの国立アカデミア美術学校で4年半学ばれ10年ほどイタリアで活動された後、伊東に戻られ現在も精力的に制作に取り組まれている。

伊東という地で育まれた文化芸術を長年支えてこられた重岡さんからの池田20世紀美術館の話や初回から運営に携わった伊豆高原アートフェスティバルなどのお話は非常に興味深いものばかりだった。

谷川晃一さんと乗った満員電車の中で提案され、二人ではじめた伊豆高原アートフェスティバルは四半世紀という時の中でたくさんのトラブルもあったが、続けてこられたのは公的な支援に依存することなく、自分達参加者が楽しんでやったということだった、という言葉にこれからの活動のヒントを与えてもらった。

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K's Houseに戻り、入浴すると向かいの鰻屋から香ばしいタレの香りが漂ってきて、浴後堪らず向かいの鰻屋へ。品切れの立て札を見ても諦めきれず、10分ほど歩いて浜名亭でうなぎ定食をいただく。鰻丼に肝吸い、お新香、サラダ、蕪とえのきの酢漬けがセットになっている。鰻は関東らしいフワッとした食感にさっぱり目のタレでご飯が進む。鰻の間に食べる酢漬けで口の中をさっぱりとさせると、記憶が飛んでまたうなぎを口に運ぶ、を繰り返す。あっという間に器だけになり、名残惜しい気持ちで店を後にした。

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