野口竜平「竹採公園(5日目)」

早起きして最寄りの岳南電車、吉原本町駅へ。
今日は電車に乗ってかぐや姫物語発祥の地と言われる竹採公園にいくのだ。観光パンフレットの地図を見ると、どうやら公園は、岳南原田駅と比奈駅のどちらかで降りれば良さそうである。

電車がくるまで20分あったのでそのまま吉原周辺の地図を眺めることにした。
ここ吉原本町駅がある吉原商店街は江戸時代の東海道の宿場町なので、吉原の中心街であるとも言えるのだが、JR東海道線の吉原駅はまた別のところにあり、吉原駅から吉原の中心街まで歩こうとすると30分はかかる距離にある。
吉原駅が吉原の中心にない、という少し困惑する状況、、しかし富士市においては大体のことがそういった感じの雰囲気で、例えば新富士駅という「こだま」のみが停車する新幹線専用の駅は、完全に素っ頓狂な場所に位置していて、
もし遠方の人が「吉原にいこう!」と新幹線に乗って、富士市だからと新富士駅に降りてしまったら最後、バスに乗って富士駅に行き、そこからJRで吉原、さらに岳南鉄道に乗り換え吉原本町、と乗り換えだらけの40分を過ごすことになってしまう。

この徹底したバラバラ具合。
一箇所への権力の集中を避けるため、街や交通の機能を周到に分散させるという生存戦略のようにさえ感じられてくる。
そんなことを考えていると電車が到着する。

車内はたのしげなハロウィーン仕様。吊り革にオレンジのお化けがゆれている。
「全駅から富士山が望める鉄道」とのことだが、今日は薄曇りで富士山は見えなかった。
岳南原田駅で降り、富士山の方向へ向かってあるく。基本的になだらかな傾斜。製紙関連の工場が多い。

しばらく歩いていると白い鳥居の神社が現れた。滝川浅間神社とある。
境内の看板などの情報を総合すると、どうやらここは富士山を崇める浅間信仰の古社のうちの一つであり、古来より、噴火を繰り返し溶岩を撒き散らす富士山をしずめるべく「火の神アサマ」が鎮座されているらしい。
浅間信仰の神社は富士山麓の至る所にあるとのこと。

そしてなんと中世から江戸時代の頃は、浅間神社の祭神(富士山の神)は赫夜姫(かぐやひめ)と考えられていたようである。
ここ滝川浅間神社の付近は、かぐや姫の生誕の地でもあるので、父宮とも呼ばれ、竹取の翁もまつっている。

どうやら富士山とかぐや姫は、深い関係がありそうである。

目当ての竹採公園も神社のすぐ近くにあった。竹林の中を歩ける感じのきれいに整備された公園である。竹林の中には「竹採姫」とかかれた石碑もある。
東屋の壁に貼られていた竹採り公園にまつわる新聞の切り抜き資料などに目を通す。

一般的なかぐや姫は月に帰っていくが、この地の伝承では「富士山」に帰っていくとのこと。
公園の周囲には「赫夜姫」「籠畑」「天上」「見返し」などのかぐや姫の物語に関連する地名が多く残されており、最寄駅の「比奈」も姫という意味らしい。

「竹取の翁は、籠を編む山の民であったのかもしれない。」
「富士山のフジは、アイヌ語フツ(祖母)から来ている。」などのディープな記事も目を引いた。


富士山。
そういえばおれが育った土地にも「富士見町」という名前が付けられていて、冬の澄んだ天気の時なんかはビルの屋上から綺麗に見えていた。
あの頃の、悶々と渦巻くゆき場のない心のもつれや葛藤を、冷えた水にひたして鎮めてくれるような存在としての富士山、そんな少年期の情景が呼び起こされる。
私にとってのそれら富士山の原体験が、日本最古の物語─この風土がつくる精神世界の古層へ接続されていくような気がするのであった。

新聞の切り抜きに「詳しい人」としてやたら登場する岡田さんの家を探し当て突撃するもタイミング合わず。
近所の餃子とたこ焼きを食べて、比奈駅の方から富士吉原に帰るのであった。


その後は、瀧瀬さん、久保田さんと合流し東海染工さんの見学へ。
富士吉原は水が綺麗で豊富である、という製紙工場と同じ理由で明治時代から靴紐づくりが盛ん。
第一次世界大戦の時などは、世界中で靴紐の需要が高まり、多くの利益を生み出したよう。東海染工さんは、創業100年の靴の紐を染める会社であり、木造の工場内には100年分の機械がありとても面白い。
現在は、帽子やファスナーなど紐以外の品も染めており、さらに近年、竹を綺麗に染める技術を発見したらしく、それを新たな事業として可能性を模索している最中とのこと。

特殊な溶剤につけて熱することで、竹は赤、青、黄、紫、などとても綺麗に染まるようである。
去年の夏、竹を明るい緑に着色しようとしたが、竹の油分に弾かれ苦労したことを思いだし、ムラなくなく鮮やかに色が定着している様子を見て感心する。
着色した蛸みこしの可能性を考え、実験として蛸みこしの脚サイズの竹ひごを染めてもらいたいと頼むのであった。


夜は瀧瀬さんと吉原飲みあるき。
店内でコアなDJパーティーを企画している年季の入った蕎麦屋でおしゃべりな店主とお茶目でハイテンションなお母さんのマシンガントークを聞きながらそばを食ってビールを飲む。春になったら筍と蛸の料理を作ってくれると言ってくれた。

その後、クジラ標本師さんと奥さん、庭師さんと合流し居酒屋へ。デカすぎる筋肉のおじさん(店主?)と、派手目なお母さん(?)で切り盛りしているようで、店主も他のお客もなんか怖い。設えは厨房にカウンターとお座敷といった一般的な居酒屋なのだが、そこに唐突に腕相撲ステージがあったり脈絡なく床に30キロとかのダンベルが散らばったりしていて、その謎すぎる組み合わせにまごついてしまう。心がざわつく。

お通しできた大量の刺身やモツ煮(うまい)を食べていると、超破壊的なマッスルの店主が不気味に微笑みながらアームレスリングを誘ってきた。

底の知れない吉原に滞在している。