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町田有理「やわらかいまま(3日目)」

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【is 稲取_006 やわらかいまま】

「おばあちゃんち」で朝食を食べ、くろもじ茶の煎じ方を習い、朝市に行く。大きな鳥を眺めながら、みかん100%ジュースを飲んでいると、港で釣りをしている少年を発見。10mくらい離れた家族は、やっとの思いで釣った小さなふぐを放したりしているのに、少年のビニールバッグを覗くと、20cmはある魚が泳いでいる。

「もっとたくさん釣ったんですよ、見ますか」

そう言うと少年は海の中のネットを引き上げてくれた。

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途端、20匹以上のサバが、陸に上げられてビチビチと跳ねる。

「漁師...!?」

と思わず大声でツッコむと、「こらっしぇ」のお客さんがどこからともなく集まってきて、すごいすごいと、少年の華麗な竿さばきに集まり始めた。

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港は天気が良く、少し名残り惜しかったが、初日から気になっていた「雛の館」へ。「金目鯛の鯛の鯛」というつるし飾りに釘付けになる。豊洲市場でも名の通っている「稲取産金目鯛」からは、胸鰭の付け根の骨が2枚とれる。鯛の鯛と言って、昔から幸運や金運のお守りなのだそうだ。こういうプリミティブな美しさを発見できることも、それをつるし飾りにしようと思うセンスにも敬服しかない。

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このひな壇の両側にある、滝のようなつるし飾りは大迫力だった。写真は掲載しないので、ぜひ足湯に浸かりがてら、本物を見に行ってみてほしい。

夕方、ホストの方のご好意で、他の旅人さんと一緒に稲取から車で10分ほど離れた奈良本へ行き、東伊豆の岩井町長と東伊豆の地域創生イベントの主催者の方々の焚き火を囲んだ意見交換会に参加させていただいた。

このミーティングの開かれた「奈良本」という地名は、奈良から流されてきた政治犯や高僧が、故郷を偲んで名付けた、という説があるそうだ。

移住者の方からは「東伊豆は、昔から多くの流人を受け入れている。異質な他者を受け入れる受容力のあるところが、この町のいいところ」との声。

「まだ3日しか滞在していない身で、こんなことを言うのもどうかと思うけれど」と、前置きしつつ、私も似たようなことを感じていると伝えた。

「つるし飾り」や「げんなり寿司」などの繊細な姿をした伝統を、繊細なまま伝えていくことができるところは、東伊豆の稀有な特色だと思う。それは今、集客の起爆剤になるような派手な力を持っていないけれど、いざ身につけようと思って身につけられるものではないから、失わないように大切にしてほしい、というのは余所者の出過ぎた願いだろうか。

ともかく私は東伊豆においてアートに何かできるとしたら、「つるし飾り」や「げんなり寿司」に見える稲取の人々の心を、ほかのものからも見出していくことだと思う。

なんだかマイクロ・アート・ワーケーションの趣意書をそのまま書いてしまっているようだけれど、本当にそう思っている。

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焚き火会の終了後、地元の移住者の方々との歓迎交流会に招待いただいた。途中から静岡大学の学生さんが10名ほど加わって、一気に場が賑やかになる。その賑やかさも何だかやわらかくて、まだ滞在3日目なのに「稲取らしい空気感だな」と感じた。

会の中で、静岡大学の先生が「初めてリサーチに稲取にきた時、おばあちゃんが窓越しに干し柿をくれて、それからすっかり虜になってしまった」とおっしゃっていた。

そういえば今朝、国道沿いを歩いていたとき、民家の二階の窓から道を眺めていたおばあちゃんと目が合った。まるで知り合いかのように「気をつけてね〜!」と笑顔で手を振ってくれる。はぁい、と旧知の仲のように手を振り返したけれど、そんなことは初めてだった。私にもし住み慣れた街があったとして、誰かがこんなふうに自然に手を振ってくれるだろうか。

そう考えたとき、この空気のやわらかさは、かけがえのないものだと思う。

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