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本間純「もつべきものは、熊鈴」 熱海(4日目)
石には「是ヨリにし有馬玄羽玄蕃石場 慶長十六年七月廿一日」と刻まれている。
慶長十六年とは、今から410年前のことである。
昨日、江戸城築城のために切り出された石を積み込むための突堤跡を見た。
実際にどんなところで切り出したのか見てみたくなり、車でくねくねと峠を上り今、中張石丁場跡にいる。付近に人の姿はまったくない。
遺跡の入り口で佇んでいると、だしぬけにどこからか老人が現れ「山の中には猪がたくさんいるから気をつけな」と声をかけられた。「どう気をつければいいのですか?」と聞くと、「音を出してこちらの存在を知らせることだ」と老人。これはまずいと車に引き返し、トランクをごそごそやると何と!「熊鈴」を発見。数年前にやはり山での撮影の時に買い、いつかはまた役に立つとと取っておいたものだ。(なんという読みの鋭さ!)さらに材料の切れ端と思われる鉄パイプも見つけ、これもリュックにつめた。(ただ猪に実際襲われた場合、この鉄パイプがどれだけ役立つかは不明)
山の中に入ると、いきなり大きな石がゴロゴロ転がっている。路は段々と、もう何ヶ月も人が通ってないという感じに荒れていく。折れた木や落石に行く手を阻まれる。しかも「猪に気をつけろ」なんて言われたものだから、もう気になって仕方がない。はっきり言ってびびっている。道の前方で「キーキー」という甲高い獣の鳴き声がしてビクッと立ち止まる。鉄パイプで転がっている石を叩いてこちらの存在を知らせるが、鳴き声は止まない。
喉がカラカラに乾いてきた。引き返そうかとも思ったが、意を決して進んでみる。また鳴き声が聞こえて立ち止まる。恐る恐る見上げてみると、どうやら木と木が風で擦れ合う音だったようだ。
山の中には400年前に割られた石や、築かれた石垣が点在していた。
苔むして、草木に覆われたながらひっそりと在る人間の痕跡に対峙すると、なんとも言えない感情が湧いてきた。それはもの悲しさでも、無常感でもなかった。
誰にもみられていなかったゆえに凛として、同時に茫漠としていた。
そこにはただ、とても静かに時間が流れてるだけだった。
僕が見たかったのはこういう風景だったような気がする。
感動し満ち足りた気持ちになり、帰り道は猪にも熊にも出くわしてもいいとさえ思った。
とはいえ幸い何にも出くわさずに戻ってこられたのは、やはり熊鈴のおかげかもしれない。
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