癸生川栄(eitoeiko)「静岡県下田市における文化資源の活用と観光産業化についての提言」(まとめ)

「静岡県下田市における文化資源の活用と観光産業化についての提言」
癸生川栄(eitoeiko)

はじめに

 しずおかマイクロアートワーケーションというプログラムに参加した。プログラムはアーツカウンシルしずおかによる公募形式で、参加希望者は静岡県内の多数のエリアから希望の地域を選び、地域毎のホストから選ばれた参加者は一週間程度のスケジュールをホストと相談して決め、派遣されるという仕組みである。
 募集時点では第一希望から第三希望までを申請するため、私はかつて何度か仕事をしていて、その地域について詳しく知りたいと思っていたエリアを第一、第二希望とし、第三に未知のエリアとして下田市を選んだところ、ホストの下田市より選んでいただいた。下田市に確認したところ、アートプロジェクトあるいはアートのイベントをしたいという市民の希望や動きがほんのちょっと芽生えたところなので、その一端としてこれまで芸術関連のイベントの企画などを手がけている方を選んだという。ともかくは滞在してみてほしい、ということだった。
 7日間の滞在は、コロナウイルス感染拡大によるまん延防止措置が施行されたため、当初の予定を2か月ほど後ろにずらしての開催となった。下田市に関して私は仕事で関わることはなかったが、下田市を含む伊豆半島全域をこれまで十数度は観光しているので、鉄道の終点であり、南伊豆、西伊豆の玄関口である下田市については、観光が盛んな場所としての浅い知見はあった。今回滞在し、同日程でこのプログラムに参加したあまる氏、今井尋也氏ならびに越智良江氏と意見交換したものを含め、まとめとしてここに提言する。

下田市の現状

 下田市が抱える問題は大きく4つある。一つは人口減少。昭和50年をピークに、現在はざっと計算してその1/3の約2万人となっている。もうひとつは高齢化で、高齢者の割合(高齢化率)が約42%と県内でも高い方である。いずれもデータは市の統計あるいは国勢調査に基づいているが、滞在中にそれはすぐに理解できる。この問題は下田市に限ったことではなく、全国的な問題であるが、千葉県の流山市など人口増加に転じた事例はある。日本の総人口は減少しているので、過密する地域があれば周縁の過疎が進んでいるととらえることもできるため、自分の地域だけどうにかなれば良い、という問題ではないがいずれにせよ高齢化に関しては地域での取り組みが多く必要になってくるだろう。
 雑感ではあるが、下田市は大きく河津町、松崎町、南伊豆町に隣接する北部ならびに東部の農村部、漁業を中心とした海岸部、旧町内と近隣の商業を営む市街部の3つに大別される。
 観光に関しては、農村部の里山には登山と温泉という観光資源があり、海岸部はマリンスポーツ、市街部は歴史探訪エリアとしての性格をもち、それぞれが異なった性質を持ち、取り組みによって地域の温度差がある。そして特筆すべき大企業や巨大産業の拠点はない。
 世界中で猛威をふるう新型コロナウイルスの蔓延によって、観光の先行きが不透明となった現在、地域による交流と相互理解から、文化資源の活用について再考すべきときに思われる。

文化振興の在り方を考える

 今回のワーケーションの素晴らしい点は、参加者がそれぞれ異なるバックボーンを持ちながら、全員が地域活動に参加した経験と知見があることだ。ビエンナーレやトリエンナーレといった地域アートイベントに関わり、その成功と発展、凋落と再興のへの努力を実見した者の意見として有効に活用されたい。
 ごく簡単にまとめると、地域においてこれからイベントを立ち上げていくには、地域住民に対して「話題性」と「継続性」にはベクトルの相反する部分があるということを、当事者同士という立場から共通の認識としていく必要があるのではないだろうか。
 また文化イベントの先行事例から考察していくと、下田市には「水仙まつり」(12~1月)、「黒船祭」(5月)、「あじさい祭」(6月)、「下田太鼓祭り」(8月)など年間何本もの祭りが存在する。祭りは誰のためのものか。地域住民のためのものであれば、どこまでの範囲の地域を指しているか。観光産業としての祭りであれば、地域と県内外の来訪客をどのように繋ぎ、産業化されているか。アートで町おこしを考える場合、こうした行事との関連性を考慮する必要がある。

 アートウィーク構想

 ヨコハマトリエンナーレ、あいちトリエンナーレなどのヴェネツィアビエンナーレを参照した国際芸術祭、あるいは周遊観光型イベントとして越後妻有大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭などをモデルに、美術とりわけ現代アートに特化した地域イベントを下田市で形成するのは、現在は物資の移動に費用が高騰し、産業としての経済的効果が現れるには初期投資が大きいように思われる。また各地で地域住民の軋轢を生じた事例が発生している。そこで枠組みをゆるやかに広げ、一年間あるいは隔年に1週間のアートウィークを設定し、様々な種類の文化イベントを紐づけていくのはどうか。私もアートフェアに参加していたメキシコシティでは、毎年2月の1週間をアートウィークに設定し、アートフェアの開催(国際的で巨大なフェアもあれば、そのサテライトとして実験的なものもあった)とともに国内若手作家を中心としたサロン・アクメや、多くの美術館やギャラリーによる深夜に至る同時多発的なパーティが行われていた。アートに特化するだけでなく、音楽にサーカスや演劇まで取り入れた初期のロラパルーザなどをイメージし、地域の文化活動を県外の良質なものと分け隔てなく並列化していくのはどうだろうか。
 下田市を含む賀茂地区には近代、文人墨客が逗留する機会が多かった。この「逗留」と、地域による「歓待」は文化の交歓そのものである。この歴史を見直し、逗留と歓待から「協働」と「創発」を導き、地域の発展に結び付けていくことを考えたい。また下田は「開国」の地であるが、外圧による受動的な歴史から、自分たちが開国することを提案したい。地域を自らで考え、自身の眼を開き、他者を受け入れ、他者の心をも開いていくイベントと位置づけることができないだろうか。終点から起点への転換である。イベントの継続にはモチベーションが必要である。目的をはっきりさせることで、誰もが参加できるようになるだろう。

具体的な導入へのアイデア

 前述の構想は私一人のアイデアではなく、たまたま集まったあまる氏、今井氏、越智氏と私による意見の交換から導き出したものである。ジャンルを越境しながら、お互いを尊重しより深化させることができれば幸いである。  
 個人としてさらにアイデアを補足するとすれば、イベントのタイトルは重要に思う。前述のロラパルーザとは、ペリー・ファレル氏が『三ばか大将』という古い映画から知った「傑出した、普通でないもの」という意味である(ウィキペディア参照)。たとえば英語にしただけであるが特産品の金目鯛からアルフォンジーノ(Alfonsino)などどうだろうか。金目鯛は正確にはスプレンディド(素晴らしい)・アルフォンジーノである。
 そしてロゴあるいはシンボルマークを各回ごとに設定し、記号で視覚的に認知させる方法が効果的に思う。下田を開くイベントとして、「開く」イメージのものができれば最適だろう。 

おわりに

 短い滞在だったが、今回のマイクロアートワーケーション参加者の集合知により自身も深く勉強することができ、大変よい収穫になった。これからの活動につなげたいと思う。

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