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Eri Liao 「 星空のこたつ (7日目) 」

 7日目が終わり、その翌朝。自宅の机から書いている。暴風雨の翌朝、まだどこも濡れていて、あたたかく、一週間ぶりのベランダはマーガレットと雲南サクラソウのつぼみが随分開いて、カポックの鉢が二つ倒れていて、向かいの畑には並んだチューリップが咲いている。大家さんの桜はここから見えないが、昨夜、駐車場から下の方の枝に少し咲いているように見えた。

 昨日の朝の今頃は、今日より1時間くらい早く起きてnoteをとにかく更新した後、ストーブをつけたまま、通りに面した白いタイルの壁の部屋でもう一度寝ていた。夜中、吉祥寺でのライブの後、新松田まで迎えに来てくれた勝呂さんとmayaちゃんの車に乗って、2時半ごろ御殿場に戻った。助手席でおしゃべりしているmayaちゃん越しの夜空にぼんやり山の形が見えて、戻ってきたんだ、とホッとした。車を降りてゲストハウスまで歩いていると、ほらあなの向かいのパブ彩花のお姉さんが、ちょうど通りまでお客さんたちを見送りに出て来ているところで、歩いたまま少しだけ話した。遅くまで営業している飲食店の人同士が夜の道ですれ違うときの会話は、まるでアンコウとメンダコとか、種類の違う深海魚同士が「そっちも大変でしょ」と立ち話しているみたいな、昼間の付き合いにはないやさしさを感じる。20代、六本木や湯島で夜中までバイトしていた店や周りの店の人たちのを顔を思い出す。彩花のお姉さんたちは夜、ほらあなのピザのデリバリーをよく頼むそうで、「2枚」と注文しにくるお姉さんの声をmayaちゃんが見事に再現した。お姉さんに見送られた二人の男の人は、次の店を探して歩いていた。

 「ゆっくり休んでください」と言われて、安心して11時ごろまでぐっすり眠った。13時から16時半まで、マンテンゲストハウスでは私と鮫島さんも出演するラジオの収録があり、部屋の向こうに森岡さんの笑い声が聞こえる。こたつラジオという名前の番組のスペシャル回、森岡さんの運営するOn Ridgelineの2周年企画でもあって、マンテンのスクリーン横のテントにある大きなコタツを部屋の後ろ中央に移動してセットに見立て、そこに番組ホストのみずのさん、森岡さん、ゲストが座ってこたつでトークというかちょっと濃い雑談をする。このために前の日、こたつの上に乗せるべきみかんを、森岡さんは使命のように沼津まで買いに行き、私たちもそれに同行していた。

 今日がこの旅の最終日なので、広げた荷物もまとめなくてはいけないし、お風呂も入らなくちゃ、とにかく起きなくちゃ、と思いながらベッドでごろごろし、外のみんなの声に引っ張られるように起きた。キッチンで鮫島さんと勝呂さんが話している。鮫島さんが、御殿場にはローカル新聞があるという話をどこかで聞きつけたようで、そのことを勝呂さんに質問している。タブロイド判サイズの1枚裏表と小さいながらに毎日発行されているというので、私たちがぜひ見たいと言うと、マンテンゲストハウスが取材されたときの記事を勝呂さんが持ってきてくれた。

2020年3月14日の岳麓新聞。ロゴのデザインがとても素敵。
新聞文体でまとめられたわかりやすい記事で、
マウント劇場からマンテンゲストハウスへ再生されていく当時の様子が浮かぶ。

 この記事が出た後、「ハートフルな怪文書」が届いたと勝呂さんが言うので、地域住民の間にもめごとでもあったのかとドキドキして話の続きを聞いていると、ここのゲストハウスの入り口のドアの隙間に、おそらく記事を読んだご高齢の方が書かれたと思われる筆跡の、「頑張ってください」という内容の熱い応援メッセージが、匿名の自筆の手紙と言う形になって差し込まれていたという。読んだ人がそういう行動に出るなんて面白いなと思いながら、勝呂さんが淹れてくれたコーヒーを飲み、2年前の新聞を読む。そこの映画館でスターウォーズ見ましたよ、初デートの場所でした、タイタニックの音声が途中で途切れたことあってね等、出会った御殿場のいろんな人たちからここの話を聞いた。

 ラジオはゲストのトップバッターがmayaちゃん、私の後には2日前にランチをいただいたクリーニングのオリーブのハナコさん、frolicのエリカさん、と今回の旅で出会った人たちもいて、その人たちのいろんな話が聞けるのがうれしい。ハナコさんの話は特におもしろく、近くに住んでたらここにクリーニングを出しに行きたい。本当は14時からの私の出番が終わったら、17時からの打ち合わせに間に合うようにすぐ東京に戻らなくてはいけなかったが、オンライン参加に変更してもらい、最後までゲストのトークを聞くことにした。

こたつラジオ出演中の鮫島さん、みずのさん、森岡さん。
番組は30日間アーカイブが視聴できるそうです。

 収録が終わり、お茶の用意がされている。「好きな方を選んでください」と、のりぴーさんが焼いてきてくれたシフォンケーキかガトーショコラを並べてくれて、私はいちごと生クリームが添えられたシフォンケーキを選び、みなさんとおしゃべりする。元劇場なので、スクリーンのあるこのスペースには窓がなく、常にうす暗いが、天井が高く、広々した空間でテントも張られているから、なんだか野外でキャンプしてるみたいで、人が何人もいても狭くないし、時間も天気もわからないのに全く圧迫感がない。外は暴風雨だったというこの日は、マンテンゲストハウスの中から一歩も出ずにみんなと過ごし、あっちでは子どもたちがカードゲームしたり、大画面でゲームしたり、ポニョちょっと見たり、夜になったらBAR営業が始まって、west coast brewing のペールエールを少し分けていただいた。いろんな味がして、豊かな雑味がとてもおいしい。隣の小山町でマイクロ・アート・ワーケーションに参加中のアーティストの佐藤さん、秋野さん、ホストの皆さんもいらっしゃって、水かけ菜のオムレツをいただき、この間買ったちょっといい白ワインをやっと最後に開けて、mayaちゃんの私物の白ワインも出してくれて、最後の夜となった。マンテンという名前のせいか、天井の高いこの場所は何かいつも星空みたいだ。外はあたたかい雨がぼたぼた降っている。行きより重いスーツケースを引きずって、とらやの袋に限定どら焼き、水かけ菜(小沢さん、mayaちゃん、本当にありがとう)、大豆のピクルス(ゆきさん、今日の朝ごはんにこれからいただきます)、お借りしたマンガ6冊(ヤスコさん、読み終わったらマンテンゲストハウスに送って戻しますね!)を入れて、外が真っ暗で何も見えない御殿場線で国府津まで、東海道線に乗り換えて藤沢まで戻る。

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