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清水玲「白田硫黄坑跡」(2日目・前編)

朝7時。藤田さんが宿に迎えに来てくれて、車で細野高原方面へ向かう。あたりは少しずつ明るくなり、朝日を背に受けながら斜面を登っていく。

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昨日の雷雨から一変して、雲ひとつない空。海から顔を出したばかりの陽の光をうけた細野高原を覆うススキが風に揺られながら輝いている。路面に染み出した水は凍結し、朝日を受けることでより一層その存在を主張しているように見える。

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湊庵の運営メンバーの藤田さんは、伊豆半島ジオパーク推進協議会が実施するジオガイド養成講座を修了し、認定試験に最年少で合格した認定ジオガイド。自然環境教育のミッションを担い、地域おこし協力隊として活動している。昨日の顔合わせの時に、私が藤田さんに投げかけた質問はふたつ。ひとつめは稲取の岬の先端と付け根の部分が高く、中央部分が低くくぼんだ地形について。ふたつめは稲取の水源について。(前者の問いについては、明日荒武さんが主催する街歩きに参加するので、その体験を通じて考えてみることにする。)稲取の水源は、白田川の表流水系と地下水及び湧水とのこと。そうか、地下水系か。細野高原付近の地下にある火山灰の地層のおかげでちょうどいい具合に涵養されるのだろう。

稲取の水源図

細野高原を抜けて、白田川上流の堰口川方面へ。天城山の稜線がはっきり見える。湯河原から見える稜線とちょうど反対に見えるのが新鮮だ。気温も斜面をのぼるにつれてどんどん下がり氷点下0℃近くに。

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車両立入禁止のゲート前に車をとめてそこから歩いて林道を登っていくと、鹿の骨を発見。以前に天城山で足の骨は見たことがあったが、頭蓋骨や背骨まで落ちているのを目撃するのは初めて。藤田さんいわく、鹿が何らかの原因で命を落とすと、雑食の猪や鼠が肉を根こそぎ食べてしまうそうだ。

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少し歩いて目の前にあらわれたのは湧水を活かしたワサビ田。 天城山系に点在するワサビ田は、中伊豆の筏場のワサビ田の広大なスケール感とはまた異なる設えで、狭い谷型の急峻な岩肌に寄り添って水の流れに少しだけ手を入れるような地形との関わり具合に感心させらる。

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さらに林道を登っていくと、ちらほら黒曜石を見かけるようになる。このまだら模様の黒曜石はカワゴ平噴火の黒曜石とそっくり。3200年前に起きたカワゴ平噴火は、伊豆半島の火山活動において最大級の噴火だった。粘りけの強い流紋岩質マグマは、火口に蓋をしていた溶岩ドームを粉々に吹き飛ばし、風下では軽石の中に交じり、溶岩ドームの破片である黒曜石の岩片が降り積もった。その後に発生した大規模な火砕流は天城山の斜面を高速で駆け下りていった。その先端は湯ヶ島の近くにまで到達し、筏場付近を埋めつくすだけでなく、天城山の稜線を越えて東伊豆町方面にも流れた。その黒曜石がここにある。

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天然のガラスである黒曜石は、鋭い割れ口ができるため、石器の石材として重宝された。神津島産の黒曜石は、伊豆だけでなく東京都や神奈川県の遺跡で出土している。旧石器時代の人たちは、個々の石器にどのような石を用いるかということに強いこだわりを持ち、陸の輸送だけでなく、高い海洋渡航技術を駆使して石の海上輸送を行っていたという。藤田さんとそんなことを話しながら歩いているうちに、上流のほうから硫黄の匂いがしてくることに気づく。

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少し登ると橋があり、硫黄橋と書いてある。橋の手前左手の崖に二つの穴がぽっかりと開いている。そこからは強い硫黄の臭いと白濁した水が湧き出ている。水は冷たいが穴の中は少し暖かい。硫黄臭が強いので中には入れそうもない。

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林道から見えない位置にはもうひとつの穴と説明板があった。

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白田硫黄坑跡。江戸時代から明治にかけて硫黄の採掘と精錬が行われたらしい。

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こちらの穴は硫黄臭がないので、ヘッドライトを使って入ってみる。かがんで歩けるくらいの高さで奥行きは30メートルくらいある様子。天井にはコウモリが・・・。

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外に出て案内板を読んでみる。

「古文書によると江戸時代(1701年)からこの場所で硫黄が掘られていた。ただ硫黄鉱石の精錬工程で出てくる硫黄残量物によって白田川で鉱毒公害が発生。採掘の差し止めを求めて江戸時代から行われた公害訴訟は180年続き明治になって採掘は終了した。専門家によると日本最初の公害訴訟ではないかと言われている。」

硫黄は、火器の原料を中心に、黒色火薬や医薬品、農薬など幅広い産業分野で利用されたと思われるが、それにしても日本最初の公害訴訟、そして江戸から明治にかけて訴訟が180年続いたというのに驚かされる。かなり重要な遺構なのでは…。

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昨日の水源に関する質問と、今日この白田硫黄坑跡まで歩いたことがつながったような気がした。

藤田さんとふたり静かに興奮しつつ、稲取に戻ってきた。



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