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冬木 遼太郎 「ヘリコプター、浮き袋、ジュース」 焼津市 滞在(3日目)

21時頃、ホテルを出て、徒歩五分ほどの距離にある「Beer Stand yozzie (ビア スタンド ヨージー)」へと向かう。場所は図書館さんかくと同じ駅前商店街にあるので、すぐに着く。マスターが厳選しているという銘柄の中からIPAを頂く。お客さんは自分の他に5人ほど。所謂スポーツバーではサッカーの試合などをプロジェクターで放映していたりするが、代わりにこの店で流されていたのはお神輿の映像だった。焼津の伝統的な「荒祭り」というお祭りで、コロナになってから開催されていないのは事前の下調べで知っていた。荒祭りについて、マスターやお客さんにいくつか質問すると、皆さんとても丁寧に教えてくれた。祭りというものが地域の人々の結束づくりや共通の体験として、しっかりと機能していることが、話の受け答え、熱量からも伝わる。

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お客さんの中で一人、外国の方がいた。180センチ以上の長身で、セミロングの髪にすごく整った顔立ちの男性なのだが、何より目を引いたのは、“庭”という字が立体刺繍されたベースボールキャップを被っていたからだ。話を聞くと、彼はスウェーデン人で、焼津の漁業会社に勤めており、ヘリコプターのパイロットをしているらしい。魚群を見つけるために、ヘリコプターが漁船より先に海上を偵察をする、その仕事をしているとのこと。自分は2017年から18年にかけて、ニューヨークに滞在していたのだが、彼も同じくニューヨークでパイロットの仕事をしていたらしく、家賃や物価がいかに高かったかで盛り上がる。「でもコロナで帰らなくちゃいけなくなったんだ」と彼は言った。

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程なくして、彼の知り合いの男性が一人で入店してくる。日本人のその男性は、外国人の彼に軽く挨拶をした。話を聞くと、パイロットの彼が働いている漁業会社の取引先の方で、魚群探知機やレーダーなどを製造している会社に勤めているとのこと。男性も自分と同じ大阪市内の出身で、隣同士の中学校だったことがわかり話が弾む。男性は、レーダーや魚群を探知する仕組みなどについて、動画なども混じえながら、とても丁寧に教えてくれた。

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まず、漁船には標準的にレーダーがつけられているが、それは法律で定められているらしい。車検のように、船にも正しく作動するかをチェックする決まりがあり、他の船との衝突を避けるため、レーダー自体は必ず搭載しておかなければならない。
次にレーダーは電波だが、魚群探知機は音波によって感知していて、魚のからだ全体ではなく浮き袋(つまりは空気!)を認識しているという。大気中では何もない空気という存在が、水中では「在る」ことを証明する要素になっていることに驚く。探知の範囲は100m以下から1000m以上まで、機種によって異なるらしいが、実地実験をする際は、マリアナ海溝のような世界で最も深い水深の場所まで持って行き、様々なテストをするという。

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店を出てホテルに戻ると夜中の2時を回っていた。1階のロビーに併設されている食堂の端に座り、紙コップでウォーターサーバーの水を飲みながら、今日あったことを思い出していると、宿泊客のおじさんがホテルに戻ってきた。会社の作業着のようなジャンパーにジーパンを履いているが、かなりガタイがよいことは一目でわかる。遅くまで飲んでいたらしく、赤い顔をしている。目があったので軽く挨拶をすると、おじさんも「おう」とだけ返して、食堂の端にある自販機で飲み物を買った。「どれがいいんや?」急におじさんが話しかけてきて、何度か断ったが、「炭酸の方がスッキリするやろ」と最終的におじさんが選んだキリンレモンを受け取り、僕は礼を言った。
「で、どうや?」というその質問の意図がわからず何度かやりとりをしていると、どうやらおじさんは明日から1、2ヶ月のあいだ、遠洋漁業の船に乗るらしく、僕もその船に乗るために来た若者だと思っていたらしい。そうではない旨を説明すると、「まだ乗れるから明日11時までに港に来ぃ」と言われたが、さすがに2ヶ月は無理なので丁重に断る。「そうか、またな」と言って、おじさんは自室に戻っていった。特別なことがあった訳ではないのだが、おじさんが買ってくれたキリンレモンをすぐに開けるのは、なぜかとても勿体無い気がしている。

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