Eri Liao 「 記念に (2日目) 」
ここの部屋は静かで暗く、目が覚めて時計を見ると、もう朝10時になるところだった。昨日のインスタライブを見てくださった方から、今日のお昼に集まりがあると誘っていただいていた。早く支度をしなくては。一箱古本市というイベントをやっている方々の集まりで、もうすぐインドに行かれる方がいるのでその送別会も兼ねているとのこと。森岡さんもいらっしゃるというし、鮫島さんも私も行きますと返事をしていた。それぞれの推し本を交換する催しもあるので、何か一冊を持ってきてください、無理ない範囲で、とメールがきていた。
外は晴れていて、ゲストハウスの窓から、向かいにある「カラオケまねきねこ」の看板の招き猫がくっきり見える。こんな近距離で正面からこの猫を見るのははじめてだ。ここのお手伝いをしているmayaちゃんに昨日教わったスパイス白湯をつくる。ホールのカルダモンをマグカップに一粒入れて、お湯を注ぐ。それだけ。とてもおいしい。
昨日の夜中、私はふらふらとトイレに行き、うっかりしていたことに、部屋がオートロックなので自分で自分を締め出してしまった。時間が時間だし、なるべく自力でどうにかできないかしばらく悩んだ末、3時近くになって結局勝呂さんを呼び出してしまった。ゲストハウスのオーナーというのは大変だ。朝起きたらまず第一に「昨日はすみませんでした」と勝呂さんに謝らなくてはと思っていたが、朝、共有エリアのソファに座ってマグカップで何か飲んでる勝呂さんを見ていると、そんなに気を遣わなくてもいいのかも、という気がしてきた。勝呂さんと、勝呂さんが作っている(リノベもされているので文字通り、勝呂さんが作っている)このゲストハウスは、全体的にそんな雰囲気があるのだ。きれいすぎなくて、汚くなくて、細かく手を入れているのに放ってあるようでもあって、そのバランスが私の気分を楽にしてくれる。こう書いていて、そうか、ちょっと台湾みたいなんだ、と気がついた。
昨夜、インスタライブの後、そこでのトークの続きのような感じで、そのまま皆さんとしばらく話をした。今回の滞在中、私は一度東京へ出てライブをしてまた帰ってこなくてはならないのだが、その衣装を記念に御殿場で調達しようと思っていて、衣装の買えそうなおすすめのお店をみなさんに聞いていた。森岡さんが盛んに「アウトレット以外で」と言って、アウトレットでも私全然いいんだけどなあ、行ったことないし、と思っていると、御殿場出身のロバ夫さんが、
「あのね、一つはロッキーイワタ。あとはスナヤマ」
と言う。それを聞いて、森岡さんとmayaちゃんがワハハハハと笑う。中学生くらいの頃、精一杯のおしゃれをしようとそこで服を買ったことがある、とmayaちゃんが言う。ロバ夫さんが、こんなところ、とスマホの画面でお店の外観を見せてくれる。
金曜日、私はロッキーイワタかスナヤマで買った服を着て、新宿行きの高速バスに乗り、吉祥寺でライブをして、また御殿場に戻ってくる。どんな衣装になるのかまるで見当がつかないけど(Youtubeで配信もあります)ダサくてもおしゃれでもどっちでも楽しい。このお店が地元にあったとしても、私はおそらく行かないだろう。母だったら行くかもしれない。特に10代や20代の私だったら、御殿場の人たちがそうしてるみたいに、サッと高速バスに乗って、新宿へ行って買い物して、素知らぬ顔で帰ってくる、間違いなくそうしたはずだ。でも今の私は御殿場で旅人をしていて、こんな風に話せる御殿場の人たちと出会えたので、これは行かなくてはね。ロッキーイワタ、スナヤマの服を着て、新宿へ、吉祥寺へ。
鮫島さんは鮫島さんで、「喫茶&レディースショップ ジョイフル」という、婦人服を売る一方でコーヒー等を出す、というかなり変則的なスタイルでやっているお店のことが気になっている。御殿場の人たちが、行ったことがない、行ったことのある人も知らない、と口を揃えて言う店と、東京から来た鮫島さんが、誰を経てどのようにしてめぐり合えるのか、その探求を鮫島さんは楽しそうにしている。
晴れている間に外に出たいので、なるべく急いでシャワーに入る。3つある真ん中のシャワールームに入ると、ちょっと前まで自分の家で使っていたのと同じシャンプー、トリートメントがある。なんとなくうれしくなる。
支度をし、勝呂さんに自転車を借りたいと伝え、これから古本交換会へ行くんでブックオフに寄って行きたいんですと話すと、漫画でもいいならここにありますよ、と大きなトランクを開けてくれる。今回の旅のお供に、鶴見良行『ナマコの眼』、石原真衣『〈沈黙〉の自伝的民族誌: サイレント・アイヌの痛みと救済の物語』、谷口ジロー『歩くひと』の3冊を持ってきているが、どれも読んでいる途中なので、まだ誰かと交換するわけにはいかない。勝呂さんが開けたシルバーの大きなトランクの中には、いろんな漫画がたくさん詰まって入っていて、その一番上に、ちょうどここに来る前の晩に自宅で読んでいて、持ってきたかったけど荷物が増えるのであきらめた、関川夏央・谷口ジローの『「坊っちゃん」の時代』第5部があった。あ、ちょうど続きが読みたいと思ってたんだ、ちょうどあった、よかったよかった・・・と思ったけど、よく考えればこんな偶然はそうあるものではないし、これはもう、この本をここで読みましょうということなんだろう。マンテンゲストハウスには同シリーズの第一部もあったので、交換会にはそちらを持って行くことにした。
会が始まる前に、明日の朝飲む用のコーヒー豆を買いに行って、そのあと神社に立ち寄ることにした。電動自転車(「はじめて乗るんです!」と言うと、鮫島さんが「え!」と驚いた)に乗って駅の反対側に出て、ごてんば焙煎館に寄り、2種類の豆を100gずつ、マヌカハニー入りの板チョコを買い、「スタンプカードお作りしますか?」と聞かれる。次いつ来るかわからないしなあと思っていると、「記念にね」とお店の方が言い、そのまま作ってもらう。スタンプ2個。以前も、旅先でコーヒー豆を買った時、やはりスタンプカードを作ってもらったことを思い出す。沖縄と福島だった。
このあと向かった古本交換会&送別会の話は、また明日。明日になって私が、あの会の何をどうやって思い出すのか、それがたのしみ。
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