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蜂谷充志と仲間「日常と非日常の交換」2日目

茶畑から見下ろす天竜川。天竜川上流に竜頭山、竜が頭を休めたといわれる。下流に向かって尾尻、瀬尻など竜の体にちなんだ地名が残る。お茶畑から見える龍山の日常風景。龍山で暮らす猟師さんに普段(猟師さんの日常)狩をする山中を案内してもらった。目的に狂いのない視線で山中を歩くその姿は、掛け値無しにかっこいい。この旅では、少しだけその歯車の一つになれる。龍山の人々が刻む暮らしの時間の歯車がゆっくり回り続けていた。
絶えることのない時間の積層が文化だと思う。しかし、いつの時代も変化はある。変化を前に、竜の動きのようにしなやかに振る舞いたい。(はちや)

鹿が角を削った痕跡

二日目の午後は龍山の山を案内していただいた。この山には鹿と猪がいるのだという。彼らが残した生きている微細な痕跡は私の目ではほとんど感じ取ることができなかった。生きている世界が違うとはよくいうが、ここまではっきりと実感として得られる機会はほとんどないだろう。それほど貴重な体験をさせていただけたことには本当に感謝しなければならない。
私は自然が好きだ。特に彼らの輪の中で生きている生き物たちの営みも好きだ。
私はそれに対してどのような関わりを持てるだろうか。
考えさせられる時間であった。
(とづか)

私は山の落とし物を見るのが好きだ。鹿の糞や猪の足跡。動物の生命を感じられるが、龍山が育てた森林が魅力的だ。龍山の山ごとに変化する松ぼっくりの形がとても面白い。同じ気候で同じ地域なのに松ぼっくりの形が変化しているのには理由があるのだろうか。残りの日数で調査していきたい。(まつしま)

旧龍山北小学校

全盛期この小学校では、子供たちと大人があふれかえるほどいたという。中を見渡してみると平成16年を最後に時が止まり校舎内は不思議な雰囲気が漂っていた。小さな扉や短い階段は私たちが大人になったことを自覚させた。廃校になった校舎の中には当時のグランドピアノがあった。演奏してみると音が鳴らない部分はあったが美しい音が響き渡った。静かで使わなくなった校舎に魂が吹き込まれるようなきがした。
外をみれが美しく流れる天竜川、山々に囲まれた龍山北小学校は寂しそうにたっているようにみえた。私たちがこの小学校に何かできるか何をできるか考えせてくれるような場所だった。(はやた)

龍山北小学校 校歌
元 龍山北小学校
モノラックで茶畑へ
猟師に話を聞く我々
旧水路 見学
秋葉湖の上を歩く
こならの木に生える椎茸
山を覆う杉の木
茶畑
モノラック レール


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