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File.02 モルフォンブルーの謎

昨年、夏のC102で頒布した「携帯獣微細構造学 蛾の光学I」で、色違いの青いモルフォンについて考察しました。
今回はこの拙著をベースに、改めてモルフォンの色について考え、まとめてみました。


モルフォンとモルフォチョウ

「モルフォン」は、最初期に登場した大型のむしの怪物で、最初に「どくがポケモン」と分類されたポケモンです。
分類の通り「蛾(ガ)」であることが明言されていますが、その名前と最も似た生き物が、今回の疑問の発端となる「モルフォチョウ」です。
モルフォチョウは、中南米に生息する大型の蝶の一群を指す総称で、その名の示す通り、「蝶(チョウ)」の仲間です。

モルフォンとモルフォチョウは、蛾と蝶で全く異なる生き物のように思われますが、ある部分で共通点が見出せます。それは翅の色です。

モルフォチョウといえば、モルフォブルーとも呼ばれる鮮やかな青色。博物館などで見たことがある方もいると思います。ただし、全てのモルフォチョウが鮮やかな青色をしているわけではありません。例えば、スルコウスキーモルフォは薄紫色の翅をしています。
そして、モルフォンの翅はというと、一般的には薄紫色ですが、色違いの個体はとても綺麗な青色です。

そう、モルフォンもモルフォチョウも、翅が青い場合と薄紫色の場合があるのです。
そこで、ここでは両者の翅の色の発色起源は同じである、という仮説を立て、モルフォンの青色、いうなれば「モルフォンブルー」について考えてみたいと思います。

モルフォチョウの青色の原理

まずは、モルフォチョウの青色の発色原理について、できるだけかみくだいて説明します。

チョウやガの翅の表面にある鱗粉には、ある特徴があります。それは、表面に微細な構造があることです。この微細構造によって、水をはじく(撥水)といった効果が生まれるのですが、翅の色を作り出す要因にもなっています。このような、微細な構造によって発言する色を「構造色」と言います。
その中でも、モルフォチョウが持つ微細構造は、非常に特徴的な構造になっており、そのおかげで「どこから見ても鮮やかな青色に見える」、ということが解明されています。

モルフォチョウの鱗粉の表面にある微細構造の断面概略図
(ざっくりと描いています。種類によって少しずつ異なります。)

モルフォチョウの鱗粉の表面にある微細構造の断面図を、イラストにしてみました。縦に伸びている柱が「リッジ」、リッジから横に生えている階段状の部分は「ラメラ」と呼ばれています。このような構造がたくさん並び、そしてそれらが奥行き方向に長ーく伸びているのが、モルフォチョウの鱗粉の表面の世界です。

この「リッジ・ラメラ構造」が、鮮やかな青色を生み出しているのですが、そのポイントは、「幅の狭い多層膜」になっていることと、高さが「不揃い」になっていることです。

幅の狭い多層膜構造

厚さが数百ナノ~数ミクロンの薄い膜が重なっている多層膜では、可視光の干渉が起きます。多層膜に自然光(白色光)が入射してきたとすると、入射光が膜の中で干渉し、それぞれの膜の反射光同士で強め合ったり弱め合ったりします。その結果、特定の色(波長)の光が強く反射する、といった現象が起きます。
イメージしやすい例として、タマムシの翅の色を挙げておきます。メタリックな緑と赤が特徴的ですが、タマムシの翅の表面にも多層膜構造があります。
ここで、先ほどのラメラ構造を思い出してください。ラメラ構造は、あいだに空気の層を挟んだ多層構造になっています。つまり、このラメラの多層構造が、青色の光が強く反射する特徴を持っているのです。
さらに、ラメラは幅が2~300nm程度と非常に狭いです。この長さは、青の光の波長(400~500nm)よりも短い値です。これにより、ラメラの多層膜で反射した青い光は「回折現象」で広がりながら反射していきます。これが、「どの角度から見ても」「青く輝いている」ことの理由であるとされています。

不揃いが生む特徴

さらにもうひとつ、重要なポイントがあります。
それは、それぞれのリッジ構造の高さが不揃いになっている、ということです。もし、全く同じ高さのリッジ構造が規則的に並んでいたとしたら、それぞれの回折光の間で干渉が起きてしまいます。すると、強め合いと弱め合いによって、見る角度によって明暗ができてしまうのです。

これを防いでいるのが、「不揃いさ」です。高さが不揃いになっていることで、反射光(回折光)の位相が少しずつずれていきます。これにより、隣り合う回折光の干渉が起きにくくなっているのです。

このように、非常に様々な要因が折り重なっているのが、モルフォチョウの構造色の最大の特徴と言えるでしょう。

色素の効果

さて、鮮やかな青色の翅を持つモルフォチョウを観察してみると、翅に白い模様があります。実は、この白い模様の部分も、表面の微細構造は青い部分と同じだということがわかっています。つまり、白い部分も青色の構造色を発現している、ということです。何を言っているのかわからないと思いますが…。
では、どうして白く見えているのでしょうか…?

青と白の違いには、鱗粉表面の微細構造よりもさらに内側にある「メラニン色素」が関わっています。
鱗粉表面のリッジラメラ構造は、青色を強く反射します。では、それ以外の色の光はどうなるかというと、反射しないので、吸収されるということになります。つまりその一部は、鱗粉の内側まで透過してきます。
鱗粉内側にメラニン色素がある場合、透過してきた光がメラニン色素に吸収されます。メラニンのおかげで、鱗粉から反射してくる光が青色だけになっているのです。
対して、メラニン色素がない(少ない)場合はどうなるかというと、透過してきた光が鱗粉の裏面や翅の本体などに到達して、反射(あるいは散乱)します。そして、最初に鱗粉表面で反射した青い光と混合することで、色が薄まっていき、最終的に白く見える、というわけです。(※光の三原色と色混合の説明は省略しています。)

メラニン色素は、翅の模様だけではなく、モルフォチョウの種類による翅の色の違いにも関連しています。モルフォチョウの翅の色には、鱗粉表面の構造だけではなく、鱗粉の中にある色素の量も関わっていたのです。

モルフォンブルーは毒素で決まる?

さて、ここまでモルフォチョウの青色の秘密について説明してきましたが、モルフォンも、翅の色が薄かったり青かったりします。もしかしたら、モルフォチョウと同じような原理で発色しているのかもしれません。
そうすると、モルフォンの通常色と色違いの違いは、鱗粉の中のメラニン色素の量の違いかもしれない、ということになります。
これを結論としてしまってもよいのですが、ここで、モルフォンのある図鑑説明文を引用します。

ハネを おおっている りんぷんは いろの ちがいに よって さまざまな どくを もっている らしい。

青・リーフグリーンの図鑑説明文

モルフォンの鱗粉は、色の違いによって毒が異なるようです。つまり、様々な毒素を持っていて、毒素によって鱗粉の色が異なる、ということでしょうか。この特徴は、モルフォチョウの翅の色がメラニン色素の量によって変わるのと、良く似ていますね。

モルフォンが鱗粉の内側に毒素を貯め込んでいるとして、その毒素が、モルフォチョウのメラニン色素のように、光を吸収する役割も持っているとします。
恐らく、毒素によって吸収する光の色が異なると考えられるので、吸収できない色=反射する色が変わってきます。この反射光の色が、最初に表面で反射した青色と混ざる(色混合)ことで、鱗粉の色が決まります。
毒素の種類によって鱗粉の色が変わることになるので、図鑑説明文とも一致します。

もし、この仮説が正しければ、鱗粉の内側に貯め込む毒素の種類や量が多い個体ほど、毒素層での光の吸収率が高くなっていくと推測されます。
毒素が吸収する光が増えるほど、最初に反射した青色を邪魔する光が減り、鱗粉はより鮮やかな青色になる。もしかしたら、色違いのモルフォンは、その綺麗な見た目に反して、非常に危険な存在なのかもしれませんね。

※この記事の内容は、あくまで私の仮説です。また、私は蝶の鱗粉の専門家ではなく、あくまで微細構造に詳しいだけの野生の科学者です。
今後、記事の内容が更新されたり覆されたりするかもしれません。

参考文献

モルフォチョウの碧い輝き―光と色の不思議に迫る, 化学同人, 2005

補足など

2024/06/23

「蛾の光学I」は、とあるチャレンジをしようとしたものの中途半端になってしまった1冊でした(読んでくださった方は、「これは本当にポケモンの本なのか…?」と思われたのではないでしょうか。そんな感じのことです。)在庫なしの状態ですが、増刷もしないことに決めています。
ただ、内容については再チャレンジしたいと思っており、それまで日の目を見ないのも悔しいので、一旦記事にすることにしました。


2024/06/23②

前半で、リッジ高さの「不揃いさ」について触れました。
このような乱雑さによって、現象がなだらかに平均化されるのではなく、むしろ強い特徴を示すことが、生き物の構造色の世界ではよく見られるそうです。
このように、生き物の構造色は想像よりもはるかに複雑で、全てを完全に解明するのは不可能のように思えてしまいます。だからこそ、おもしろいのですが…。

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