アイドル

楽しそうに、気持ちよさそうに歌う人を見ると素敵だなと思う。ただ同時にもうひとつ、ものすごい感情が湧き上がってくる。嫉妬なのかなんなのかすらもわからない。憎しみに近いのかもしれないと思う。

人生で一度も、楽しいという感情だけで歌えたことがない。どんなに楽しい時もどこかに必ず恐怖がある。

楽しい気持ちのときについ鼻歌を歌う、という行為がわたしの生活には存在しない。

声を出すということ自体がものすごいストレスである。たとえ誰にも聞かれていなくても。自分が声を出す度に、それを聴く度に、自分が正しく喋れていないのを知った日のこと、疑うという概念すらなかった「自分の声」が崩壊した日のこと、「○○って言ってみてよ!」と言われ続けたこと、訓練で鳩の鳴き真似をし続けた時期のこと、そうしても変わらずからかわれ続けたこと、全てを思い出してしまう。

特徴的な声質だねとよく言われる。そこが好きだと言ってもらえることがある。バックグラウンド等全て関係なく、同情でもなく、本当にわたしの声そのものを聴いて好きだと思ってくれている人がいることも知っている。

「発音どうにかしろ」と言われることも沢山ある。YouTubeのコメントを運営さんがこっそり消してくれているのも知っている。何も知らないくせにと思う。ただ知られたところでわたしの声そのものが変わる訳ではなく歌が上手くないのも事実。事実は理由で揺らがない。知った上で書かれていても仕方ないなと思う。

この声は自分が望んで手に入れたものではない。

耳が悪かったから、発音が正しくできないから、そしてそれだけでなく、それをからかわれ続け、極力人に声を聞かれないように生きてきたから、どんどん舌が動かなくなっていった。

前半は身体によるものだが、後半はわたしの精神によるものである。もっと強い心を持っていたら。なにを言われてもくじけずにいられたら、怖がらずにいられたら、と何度思っただろう。同じ聴力でももっとちゃんと喋れる人は沢山いる。

自分の声の録音を聴いて愕然とする。どうしてわたしはこんな声なんだろうかと思う。「障害は個性」なんて言わないで欲しい。当事者が言うならまだしも、周りが言うのは絶対に違うだろと思う。本当に個性だと思っていたらそんな言葉生まれていない。

この文章は分かってもらいたいだとか、慰めてもらいたいだとか、「そんなことないよ!」という言葉欲しさに書いているのではない。

ステージに立つのはすごく楽しい。楽しいのにどうしても恐怖が消えてくれない。今までの22年間よりも、これからの人生のほうがずっと長いのにわたしはなにを気にしているんだろう、と思う。

私がアイドルになったのは、楽しそうとか、ちやほやされたい、というような理由ではない。ずっと体育の成績は2で、同級生におはようと言われても声が出せず会釈しかできず、新学期の自己紹介の度に泣き周囲を困らせ、人前で声を出す類の行為が全てできず音楽の授業では歌いたくないので伴奏をしていた。応募時、自分にとって歌やダンスは楽しくないどころか苦痛の対象であることなんて分かっていた。

応募をした時のわたしは死ぬことすらできない人の形をしただけのなにかで、盛大な親不孝をして逃げても状況は変わらず、3月、それまで狂ったようにしていた趣味もできなくなった。毎日寝ていた。ご飯が食べれなかった。お酒や薬を沢山飲んだ。30キロ台だった。誰かわたしを殺してくれないかと毎日考えていた。もうどうしたら人としての生活を建て直せるかわからなかった。お酒かなにかで正常な判断のできなくなった頭で応募した。あまり覚えていない。

わたしはアイドルになったことで生かされている。将来のことを理由にアイドルを辞めることは絶対にない。好きでいてくれるみんなのため以外に、自分が生きてていいと思える理由がひとつもない。最初はレッスンが終わる度に泣いていた。もう泣かなくなった。ライブが楽しくてたまらないと思える。恐怖は消えないがどんどん小さくなる。今ならどうにか自分を変えていくことかできるのではないかという淡い期待を持ち始めた。今アイドルを辞めてしまったら、22年間生きてきた心のままで、前の生活に戻り、きっと「将来」が存在しなくなると思う。

これを読んで暗い印象を持つ人が多いんだろうということは分かっているけどわたしにとってはかなり前向きな、希望。