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アイドルになって一年が経った

10月3日で、アイドルとしてステージに立ち始めてから一年が経った。


オーディションの約一年前、想像しうるすべての、と思ってしまうくらい沢山の悪いことが重なった。耐えられなかった私は頭がおかしくなってしまい、全てから逃げた。誰にも言わずに引っ越しをしたのだ。
両親は、連絡の取れなくなった娘が死んでしまったのではないかと大慌てで何時間も車を運転し、空っぽになったアパートを見てとても驚いたらしい。

変に知識のあった私は、捜索願が出されても受理されないようにするため、前もって警察へ、自分の意思で居なくなったこと、事件性はないことを伝えていた。
当時、警察にお世話になることが何度かあり(※私は悪いことはしていない)、顔見知りの警察官が居た。深夜3時の警察署で「今からだって普通に友達と遊んで普通に青春をして」「全部忘れて、そういうこと、ちゃんとできるよ」と言ってもらった事を覚えている。
その相手に「逃げ出しました」と報告するのは恩を仇で返すようなものだなと思った。それでも、当時の私はそうしなければ生きられなかった。

そうして全てから逃げ出したものの、何かが変わったわけでもなく、むしろ状況としては悪化していたのだと思う。病気の大学生が、病気の住所不定無職になったのだから。
心が軽くなったのは最初の数週間だけだった。あのとき逃げていなかったら死んでいたと思うけど、逃げても死が先延ばしになっただけで、生きるのが辛いのは変わらなかった。このまま歳をとって、空欄がどんどん増えて、どうなるのだろうか。
沢山の面接を受けた。スーパー、パチンコ屋、ファミレス、コンカフェ。けれど私は上手に嘘をつくことが出来なかった。一度ドロップアウトしてしまった人間が普通の社会に戻るのはあまりにも難しかった。

あの日の夜、いつものようにめちゃくちゃになった頭でInstagramを眺めていたら、たまたまアイドルオーディションの広告が流れてきた。
京都での共同生活を前提とする活動内容だった。最初に思ったのが「合格すれば引っ越せる」だった。
私は夢を見てしまった。アイドルになって、家と仕事を手に入れる生活を。人に言える生活を。理由は分からないが、可能性があるような気がした。今思うと、あまりに掛け離れた世界であるが故に失敗の想像すらも出来ない状態だっただけなのだろうが。

本気でアイドルになりたかったわけではないが、本気で人生を変えたかった。生まれ変わりたかった。オーディションを受けた。合格した。オーディションの様子を纏めた動画に「御守ミコの誕生」というタイトルを付けてもらった。


それから一年が経った。今の私は本気でアイドルをやっている。


インタビューなどで、「アイドルになってみて、想像と違ったことはありましたか」といった質問をされることがよくある。私にとってアイドルは未知の領域で、考えたこともない世界だった。だから想像と違ったことなんて何一つなかったし、想像通りのことだってなかった。
ただただ、それまで考えたこともなかった、夢ですらなかった世界が急に現実になった。アイドルはどこまでも現実だった。

あんなにキラキラしたステージからの景色を見たあとに、化粧も落とさずハイエースに乗って京都に帰る。朝、家に着く頃には汗と皮脂で全てがドロドロになっている。雑に顔を洗って寝て、午後にはもうダンスの練習がある。
メンバー6人で築年数も分からないほど古い家に住み、共同生活をしている。喧嘩するほど仲がいいなんて言うけれど、喧嘩なんてしない方がいいに決まっているし、実際に全然しない。この苦しい日々もいつか思い出に……なんて言えるほど、苦しい思いもしていない。
そのときどきで心が揺れ動くことは多少あっても、次の日にはそのどれもが些細なことだ。
ただただ、自分のやるべき事をする。毎日が淡々と過ぎていく。ドラマなんてなにもない、ただただ、地味な普通の生活。

写真に、数十秒の動画に、切り取って繋ぎ合わせたら、どれだけドラマチックな物語に見えるのだろうか。それでも、私にとってこの場所はどこまでも現実で、普通の生活だ。


ハンサムケンヤの作る曲が、運営さんの演奏が、振り付けが、メンバーの声が、監督の作る映像が、私は大好きだ。こんなにすごいものはないと思う。一億回再生されたって不思議じゃないと思う。
MVが出た夜はいつも、朝になったら世界が変わっているんじゃないかという淡い期待を、いや、かなりの期待を抱きながら眠りにつく。でも起きても何も変わっていなかった。
TikTokに投稿された盗撮動画が100万回も再生されているのに、その比にならないくらいの愛と熱を持って作られた作品が、その100分の1も見てもらえないのはなぜ。これが現実なのか。悔しい。


この一年間、どこまでも地面に足のついた、普通の生活だった。そんな普通がずっと、私にとっては夢だった。私は今、とても幸せだ。
この先きのホ。が今より大きくなっても、私たちの足は地面にしっかりとついているのだろう。もっと大きなステージに立ったあとも家に着く頃にはドロドロになっているし、お風呂に入るのは面倒臭いし、部屋はぐちゃぐちゃのままなんだろう。
一夜にして世界が変わることだってきっとない。それでもとにかく少しづつ進んでいくしかない。そんなことが分かった一年。普通を手に入れられた一年。私にも未来があるのだと思えるようになった一年。

夢ですらなかったアイドルが、現実になった。
きっと、今では想像もできないような世界だって、これから現実にできる。