存在するはなぜ二階の述語なのか
拙著『達人に学ぶ SQL徹底指南書』の中で、EXISTS述語の使い方を解説している章があるのだが、そこでEXISTS述語だけが唯一SQLの中で二階の述語である、ということを説明している。これはEXISTS述語だけが行の集合を引数にとる述語だからである。それは分かるのだが、なぜ述語論理を考えた人(具体的にはゴットロープ・フレーゲ。タイトル画像のおじさんである)はこんな着想を得たのか、そこが分かりにくいという質問をしばしば受けることがある。確かに、数ある述語の中でなぜ「存在する」だけが二階の述語であるのか、というは直観的にすこし分かりにくい。なぜフレーゲはこんなことを考えたのだろう?
この点について、述語論理の創始者でもあるフレーゲの議論を参照しながらかみ砕いて見ていきたいと思う。かなり理論的かつ哲学的な話になるので、興味ない方は読み飛ばしてもらってかまわない。とくにSQLの理解に支障のある話でもない。
フレーゲが「存在するは二階の述語である」という議論を展開しているのは『算術の基礎』における第46節と第53節である。フレーゲの言葉を引用する。
少し(かなり)分かりにくい議論だと思う。かみ砕いて説明したい。金星は衛星を持たない。ゆえに「金星の衛星」という概念はいかなる対象も指示することはない。指示対象を欠いた名前である。であれば「金星は0個の衛星を持つ」という言明は何を主張しているのだろうか。逆に「金星の衛星」が何らの指示対象を持つのだとしたら、「金星は0個の衛星を持つ」は真の言明となってしまう。これもまた事実に反する。一言でいって意味不明である。このようなピットフォールに陥るのは、存在するが一階の述語だと考えるから起きる勘違いなのだ、というのがフレーゲの回答である。我々は素朴に「犬が存在する」のような文から、犬を変項xに置き換えて「xは存在する」という命題関数を作ってしまう。しかしその道は袋小路だというのがフレーゲの洞察だったのだ。ただしくは、「金星の衛星」を「xは金星の衛星である」と展開すべきだったのだ。この述語をVenusと表すならば、
あるxについてVenux(x)
と書くことができる。この「あるxについて」の部分は述語についての述語であり、すなわち二階の述語ということになる。
もう一つ別のサンプルで考えてみよう。「最大の自然数は存在しない」という言明を例にとる。この「最大の自然数」というのも当然だが指示対象を欠いている。指示対象を欠いたものが存在しないという言明は真でも偽でもありえない。謎である。一方、もし最大の自然数が存在するのだとしたらこの言明は真ということになってしまい、これも事実に反する。もし「存在する」が1階の述語だとすれば、存在しないものについては存在すと語ることも存在しないと語ることも不可能になってしまう。こちらも「xは最大の自然数である」という言明に展開すべきだったのだ。
フレーゲがこのような議論を考えるとき、念頭においているのは、中世から連綿と続く神学論争、特に神の存在論的証明である。これはフレーゲ自身が次のように語っていることからも分かる。
「存在する」が二階の述語であることのフレーゲの証明は以上である。ところで、この問題に対する解決方法は、これ以外にもある。それは、あくまで「存在する」が一階の述語だと主張する道である。そんなことが可能なのかと思うかもしれないが、こちらに踏み込んだ哲学者としてマイノングや初期ラッセル(初期、と制限をつけるのはのちにラッセルはこの立場を放棄し、フレーゲと同じ地点に到達するからである)がいる。いわゆる「非存在対象」と呼ばれる存在者を導入する議論であり、「金星の衛星」や「最大の自然数」、「四角い円」といった普通私たちが存在するとは考えないような対象もなんらかの意味で存在すると認める立場である。
荒唐無稽な議論だと思われるかもしれないが、現代の存在論においても真剣な議論の対象になっている立場である。たとえば、物語や虚構についての存在論に応用されている。エアリスが死んだとき、私たちは悲しむし、エアリスが嬉しそうにしていれば私たちも嬉しくなる。しかしエアリスというのは実在はしていない存在である。彼女が何の意味においても存在していないのだとしたら、私たちが彼女の一挙一動に感情を動かされるというようなことが起きるだろうか?
私たちは簡単に何かが「存在する」と言うが、その内実は本当はいろいろな含意が含まれているし、存在の階層や種類というのがあるのではないか、という示唆を教えてくれるのが非存在対象の存在論の面白さである。
かなり哲学的で小難しい話をしてしまったが、筆者がSQLのEXISTS述語を理解するときに考えているバックボーンの知識を共有させてもらった次第である。皆さんの理解の助けになれば幸いである。
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