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石ころ地蔵 サトー天快作

いつだったか、どこだったか...............
神楽坂のアユミギャラリーでの展示だったような。

手のひらに乗るほどの、5cmくらいのお地蔵様です。




【サトー天快(佐藤正志)略譜】

大正9年岩手県一の関の農家に、8人兄弟の3男として生まれる。 幼少時代は北上平野のあちこちを子狐のように飛びまわり、夏の河原のやけ石を裸足で突っ走って遊ぶ。 太平洋戦争中は、海軍陸上航空隊整備兵として、台湾、マレー、シンガポール、スマトラ、ジャワ、バリ島などを転々4年余。スマトラではマラリヤ、デング熱にかかり、椰子の下で手製の竹笛を吹いた。虎、イノシシ、猿の群れ、大トカゲなどの野生の動物、空を覆う熱帯樹のもと、原住民の生態に遠い祖先の生き姿見る。終戦と共にジャングルなどスケッチをする。帰還して上京、クロッキー、水彩に精進、絵筆一筋で北海道から屋久島まで1年にわたり周遊、以後東京に住む。その頃より太陽のスケッチに没頭。
なにげなく粘土で作ったテルテル坊主を吊るしたのがきっかけで、素焼陶芸の創作に入る。
昭和51年3月、吉祥寺東急百貨店で素焼人形を主にした個展開催、作品約150点を展示、公表を博す。



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