青森自転車旅②大間の夜
恐山から薬研方面の道が全面通行止めとあっては、走ってきた下北駅方面のむつ市街まで戻るしかない。
くだってきた坂を登り、登ってきた坂をくだる。
15キロほど来た道をもどり、下北半島の太平洋沿いを走る国道279号に乗る。
そこから20キロ走って、ようやく恐山から直で向かいたかった大畑町の中心地についた。
小さな港町で、漁船がいくつも停泊している。
風が強い。そして寒い。ただ出発直前に購入したモンベルの行動着サーマラップパーカのおかげで、震えることなくガンガン走れる。
やがて日が沈み、あたりは弱々しい電灯の灯りだけに。
ここでも新調したリアライトVOLT400が威力を発揮。明るさと持久力に安心感がある。
大雨の影響もあり、やたらと道路工事が多く、片側通行はスピードの遅い自転車だと怖い。一度、制限時間内に走りきれず、対向車が入ってきた時には肝を冷やした。
ただVOLT400のおかげで、遠目からでも認識されたようで、ゆっくり侵入してきてくれて、ことなきを得た。
やはり必要装備は多少値が張っても、安心感のあるものを買うに限る。
ただ徐々に交通量が減ってきて、心細くなる。店もなく、家のあかりもぽつりぽつり。とたんに弱気になり、「無理な計画だったか」「小径の自転車だときついか」「明日も同じくらい走るのか」とネガティブな考えばかりが浮かぶ。
ようやく大間に入ったのは、恐山から走ること60キロほど、約4時間。
19時を回っていた。
風がさらに強まる中、聞き慣れない音にあたりを見回すと、至近距離に大きな風車。
東日本大震災以降、増えているそうだ。
「景観を壊してもいるんですけどね」とは地元の方の声。
これからも増える予定のようで、あまり手放しに歓迎されているわけではなさそうだ。ただ「大間は、風が強いから」という風力を生かさない手はない。とはいえ、これだけ生活圏の近くにあると、風切り音もすごいし、おだやかではないのだろう。
ようやく宿に到着。
ここは普賢院というお寺さんがやっているゲストハウス。
ちょっと前にはじまった政府の旅行支援に便乗して宿泊費を爆上げする宿が多い中、良心的なお値段で泊まることができる。しかも清潔で、外国人が喜びそうな趣ある仕上がり。かの大関コニシキさんもきたようだ。
出迎えてくれたお坊さんが、いろいろ町を教えてくれた。
目玉の大間のマグロは明日の朝の方が確実で、今夜は近くに温泉にでも入ってはどうか。食事どころは、コンビニか、あるいは居酒屋さんなんかはまだ開いているという。
「大間は、人口5000人しかいない小さな漁師町ですが、スナックが40軒もあるんですよ」と笑う。
宿からは少し離れているが、そこは自転車。わけない距離だ。
お坊さんにお礼をいって、まずは温泉へ。
体育館くらい広い洗い場に、サウナまであって、旅行者でも400円と安い。地元の方々もたくさんいた。
正面は普通の太ったおじさんなのに、後ろ姿はお尻までびっしりと刺青の入ったお方なんかもいて、
「ようやく大間まできたなー」と湯船で感慨に浸った。
繁華街は、大間港と函館行きのフェリー乗り場のあたり。
港にはこれから漁にいくのか、イカ釣り船が停泊していた。
港の近くの路地がスナック街になっていて、いくつか灯りがともっていた。
腹が減っていたので、その一角にある店構えがいい感じの「三平」さんの暖簾をくぐる。
カウンターには常連さんが3人ほど。綺麗な女将さんが笑顔で迎えてくれた。
漁師さんの隣の席に失礼する。
お通しのポテサラ、もずく酢、ほっけをいただく。
もずく酢はボリューム満点、ほっけは肉厚で、いずれも美味しい。
ほどなく「なに、観光?」と漁師さんに声をかけられ、明日向かう脇野沢フェリー乗り場までの道のりを相談する。
カウンターの常連さんも加わって、
「自転車で? そりゃー大変じゃねーか」
「かもしかラインは、勾配がすんごいぞ。車でもシンドイからな」
「んでも海沿いの道もきっついぞ」
といろいろ教えてくれるが、結局、津軽半島側を走ってフェリー乗り場に行くには、海沿いの国道338号を走るか、やや内陸のかもしかラインを走るかの2択しかない。
明日もあるのでと早々に失礼すると、帰り際、「自転車の旅行は、どの辺がいいの?」と尋ねられた。
「目的地から目的地までのプロセスを自分の体で味わうことができるし、気軽に寄り道もできる。歩きも同じだけど、それだとスピード感が足りない。自転車が好奇心が散漫な自分のペースに一番合う旅のスタイルだ」みたいなことを話した。
宿からこの三平までは歩くと30分はかかる。自転車じゃなければ、近くのコンビニで済ませていたことだろう。
今のところ自転車の旅が、一番たのしい。
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