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2021年ベストアルバム

1. An Evening With Silk Sonic/Silk Sonic

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今年の3月に「Leave The Door Open」(M-2)がリリースされた時、やられた、と同時に、こりゃずるいよ…と言う感慨とともに浮かんでくるにやけ顔を禁じ得ませんでした。

1枚目は、現代アメリカのポップス界を代表する二人のスターによるタッグ、Silk Sonicのデビューアルバムに決定です。2016年にリリースされた『Malibu』の衝撃以来、Anderson .Paakは敬愛するアーティストの一人です。恵比寿リキッドルームのステージで放っていた彼のカリスマオーラとフロアの熱気は、それはそれは凄まじく、今でも昨日のことのように蘇ります。

それからAnderson .Paakに関しては、もう5年ほどその動向を追っていたのですが、一方のBruno Marsは、恥ずかしながらこれまでなんとなく避けていました。2016年リリースの『24k Magic』のジャケを見たときに、なんかチャラさ全面展開してるし、いざとなったら拳で対話しそう…と敬遠していたのです。今になって自分の偏見ぶりと愚かさを恥じます。

そんなわけで、本作でかなり久しぶりに彼の歌声をしっかり聴いたのでした。クリアでかつ力強く伸びのある歌唱、圧倒的です。それでいて耳心地良く優しいファルセット。「Leave The Door Open」前半のサビの"Open"で楽曲の開放感がひとまず最高潮に達するわけですが、ここでビートが少しゆったりします。これは、直前のメロで刻まれている16分のタンバリンが消え、楽器隊のリズムが8ビートに切り替わることによるものだと思われます(後半のサビでは16ビートが貫かれていて、サビのテンションにも変化がつけられていることに注目です)。こういった余白をうまく操る感覚が、おそらくネオソウルとか、バラード系の楽曲を作るセンスには欠かせないのでしょう。非常に経験の深みを感じるというか、アダルトな技術です。

柳樂光隆氏は、このアルバムの音質について「ラジオ番組をカセットに録音して、それの曲の部分だけを別のテープにまとめた自作編集テープみたいな音質」(twitter:2021/11/13のツイート)と述べています。確かに、イコライジングが大げさでないからか、これだけドラマチックに構成された歌モノなのに、聴いていて疲れを感じないのがこの盤の凄いところだと思います。さらにAnderson .Paakのちょっとざらついたノイジーな声質は、Bruno Marsのクリアな声質とある意味で対をなしているように感じるのも新鮮な感触です。この二人のやや対極的な声がフラットに処理されていることも、聴きやすさという点で功を奏しているのかなと感じます。

しかしどのMVやライヴを見ても愉快な空気とセクシーさに満ちています。鬱屈としている時や全てを忘れてしまいたいときには、ホノルルとカリフォルニアの風を感じに彼らの助けを借りましょう。


2. Mood Valiant/Hiatus Kaiyote

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オーストラリアのフューチャー・ネオソウルユニットの新譜が、約6年ぶりにリリースされました。先行配信された「Get Sun」(M-5)は、ブラジルの大御所アーティスト/プロデューサーであるArthur Verocaiとのフィーチャリングで話題になりました。

前作の『Choose Your Weapon』(2015)以降、バンドとしては待望の新譜となりますが、Gt&Voかつバンドのアイコン的存在であるNai Palmはこの間、ソロ名義で『Needle Paw』(2017)というアルバムを発表しています。バンドでリリースしていた楽曲のセルフカバーやJimi Hendrixの「Crossfire」のカバーが入っている本作は、彼女の歌声がギターのプレイングと一体であることを明確に教えてくれます。その自由なメロディー展開やリズムを聴いていると、タイムズスクエアでAtariを弾き語る彼女の姿が思い出されます。

『Needle Paw』が発表された翌年、彼女が乳がんを公表したことの衝撃はあまりに大きくショックな出来事でした。その事実の公表とともにインスタグラムに上げられた声明文からは、彼女の抱える率直な不安感や苦痛と同時にまた、生きることへの意志が強く感じられないでしょうか。

そんな彼女のバンドにおける復帰作ともなった本アルバムは、『Mood Valiant』=勇敢な気分と題されていることからも、病の経験を経てなお、いやさらに生命力を増したNai Palmの心持ちの表明であるように感じられます。

「Get Sun」の発表に加えて、このアルバムがFlying Lotus率いるレーベル、Brainfeederからリリースされたことも大きなサプライズでした。2014年にはNai PalmがTaylor McFerrinの作品に参加してますし、それから親交が続いて今作の契約に至ったのかは分かりませんが、バンドとレーベルの相性は間違いなく良さそうです。

前作ではややスペーシーでSFチックな世界観が現れていましたが、今作ではなんとなくソフトな空気感、親密さが増しているというか、勢いのあるソリッドさは抑えられているような印象です。しかし複雑なリズム構成と揺れ動くメロディー、自在に躍動するベースライン、軽やかにバンドのコード感を支える鍵盤のフレージングといったバンドのアイデンティティは変わらず堅固なままです。ほかでもない彼女/彼ら四人で演奏することの意味が、音楽の中に充満しているこの感じ…。音源を何度か聴いただけの状態ではややパンチが足りないような気もしていましたが、Tiny Deskでの演奏を視聴した時に、ああ、全くそんなことはなかった…むしろアンサンブルは繊細さを増して、キメではより顕著に縦の線がかっちり合うようになっている、という感じがしました。加えて、これは音源においてもそうですが、コーラスがより豊かな響きを持つようになっているというか、声が含む煌めきの層を随所に聴き取ることができます。Nai Palm自身の身体の底から発散される喜びのようなものには、魂を静かに揺さぶる力を感じます。


3. Music for Saxofone & Bass Guitar More Songs/Sam Gendel & Sam Wilkes

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3枚目は、サックス奏者のSam GendelとベーシストのSam Wilkesによる共作を選びました。この二人が共作で出すアルバムとしては2枚目になります。おそらく、2018年にリリースされた『Music for Saxofone & Bass Guitar』の続編的な立ち位置になるのでしょうか。非常にミニマルなトラック、そして靄のような音色によるコードの響きの中で、二人の演奏が漂っている、独特な心地よさを感じる音楽です。

Sam Wilkesのことは、Louis Coleのバックバンドに参加していたことで以前から知っていたのですが、只管にノリノリでベースを弾いている愉快な青年というイメージでした。しかし彼がソロ名義で出したアルバム『Wilkes』(2019)を聴いたときに、こういう曲作るのか!と、魂消た記憶があります。それ以前のファンキー首振りベーシストのイメージとは程遠い、ヒーリング系アンビエントみたいな楽曲群でアルバムが構成されていたからです。

今改めてこのアルバムのクレジットを見てみると、feat. Sam Gendelとなっており、全曲に彼が参加していたことが分かりました。この頃からお互い、相手の音楽性に共鳴するものを感じていたのかもしれません。

Sam Gendelのサックスは、どこか雅楽めいた、日本の伝統音楽のような響きを想起させます。初めて聴いたときは、客演で東儀秀樹が参加してるのかと疑ったほどです。ミニマルな進行とコード感の中で、やや独特な和音を鳴らしているところも関係しているのでしょうか。色々なライヴ映像を見てみると、足元にエフェクターをたくさん置いている様子が見受けられるのでおそらくハーモナイザーを噛ませているのかなとも思います。エレクトリカルジブリとでも呼べそうな感じというか、いわく言表しがたい心地よさなのですが…。

同じく今年リリースされた、折坂悠太の新譜『心理』に参加していることでSam Gendelの存在を知った人も多いのではないでしょうか。非常にスローテンポなトラックに乗せて歌う折坂悠太の軽妙かつ粘り気のある声の合間に、ときたま挟まれるサックスの音。解決することを拒み続け、宙に浮かんでいるような音の持続…。

二人のSamによるトラック、露天風呂に浸かりながら聴いたら、これまでの生で蓄積した分の疲労がすべてリセットされそうです。


4. たのしみ/U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS

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日本語(ゆる)ラップの可能性を開き続ける二人のラッパーと、国内随一のタブラ奏者によるアルバムが待望のリリースです。

これまでいくつもの楽曲が三人の共作で発表されており、MVやライヴ映像がYouTubeにもたくさん上げられていました。最初に聴いたのがどの曲、どのライヴだったか今では思い出せませんが、U-zhaanの叩くタブラに魅せられて動画を漁っていた時に、三人の音楽に出会ったような覚えがあります。

しかしこのアルバム、「七曜日」という曲が一曲目に配置されているのですが、いきなり7/8拍子の曲から始まるラップミュージックアルバムってなかなかないんではないでしょうか。言葉のチョイスは緩めですが、その構成に攻めを感じます。

各所でのU-zhaanの共演やプレイングを見ていると、拍子が奇数だったり拍のとり方が複雑だったりするものも多く、これは本場のタブラ、ひいてはインド音楽がそういったリズムの複雑性を持っているのだろう…とちょっとだけ調べてみたことがありました。そのときに、南インドに伝わる口ドラム奏法技術のKonnakol(コナッコル)というものを知りました。下のレッスン動画ではリズムの割り方など詳しく説明されているのですが、やはり複雑すぎて私の脳が音を上げてしまったのでした。インドにおける数学への意識というか、思想への浸透力の凄まじさを感じます。

U-zhaan自身もダゲナデナゲテ…とタブラの音種を歌い上げてますね。これは口頭伝承がリズム学習の基本的な方法になってるからなのでしょうが、音の種類がデ、とかディン、とかダーとかの擬音的な表現で言い表せるのは素敵ですね。深くユニヴァーサルな意識を感じます。

個人的にお気に入りなのは「BUNKA」(M-2)と「おでん」(M-10)です。まずMVが可愛いです。

「BUNKA」ではヒップホップとタブラ奏者の変遷、歴史が紹介されていくのですが、環ROYと鎮座DOPENESSのキレあるラップはもちろん、U-zhaanの淡々とした語りと控えめな韻もクールです。「先人たちの偉業」を称えるこういう曲もさらりと出してくる感じ、ちょっと驚きましたが、本当に重要な仕事だと思います。

「おでん」は平和を願うほのぼのソングですが、どうしてもおでんくんの世界のイメージが強烈に浮かんできました。しかしこの雑多な世界の比喩として、いろんな性質をもつ具材たちが一つの鍋に入っている「おでん」を当てる感覚も素敵です。そしてこの曲にはもう一つの、反射して帰ってくるような隠喩的イメージがあって、それは「手を繋いで入ろう」「温まって帰ろう」という詞から明らかなように、温泉のイメージですね。彼らは坂本龍一と一緒に「Energy Flow」もカバーしていて、「エナジー風呂」という新たな名を曲に与えてもいます。ひとりでゆったり、あるいは親しい人とともに、知らない人々と温泉に浸かってチルな時間を過ごす銭湯的なイメージに、ポジティブな力の可能性を見ているように思われます。と同時にそこには、日本の地で、日本語でラップをするとはどういうことなのか、どういう可能性があり得るのかという探求の跡が見えます。


5. Ripe/Brainstory

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アメリカはロサンゼルス出身のスリーピースバンドによる2枚目のアルバムです。一作目の『Buck』(2019)から、シンプルでスローなビートなのに、意外と凝ったコード展開がジャジーな雰囲気を作っている面白いバンドサウンドに魅力を感じていました。

どこかアジアの空気を感じる音選びがKhruangbinに似ていると評しているサイトもありましたが、鍵盤のもやっとした響きが用いられている曲も多いためか、ややR&Bっぽい雰囲気も持ち合わせているような気がします。ギターボーカルを担当するKevin Martinの高く繊細なボイスも、耳をリラックスさせてくれます。

2019年にデビューしたばかりの彼らは、まだそれほど映像や音源などが発表されていないようなので、これから活躍を楽しみに待ちつつ動向を追っていきたいところです。ところでKevinが使っているグレッチ、細身でいかしてますね。


6. Sometimes I Might Be Introvert/Little Simz

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今年のUKヒップホップシーンを代表する傑作となった、Little Simzの新譜です。

彼女の楽曲を初めて聴いたのは、COLORSのスタジオライブ、COLORS SHOWでの「Backseat」のパフォーマンスでした。ローボイスのドライなトーンで、淡々としたフロウを繰り出すタフなラップに一瞬で惹かれました。NIKEジャージの着こなしも最高にかっこいいです。

とは言いつつも、過去作などを何曲か聴いてみると、あまりにストイックな楽曲が多かったので、いまいち瑞々しい気持ちで聴き続けることができず、その後しばらくフォローするのをやめてしまっていました。前作の『GREY Area』(2019)もリリースからだいぶ経った後で気づき、少しメロディアスな曲も増えてるかな…という印象に留まっていました。ですが今回の新譜、先行配信されたいくつかの曲を聴いてみると、すぐに圧倒的な飛躍を感じたのです。

「Introvert」(M-1)と「Woman」(M-2)だったと記憶しているのですが、まず「Introvert」は壮大な管弦楽のイントロから始まるので、アーティストを見間違えたかと思いました。ところが突如テンポアップして16ビートのドラムが鳴り始め、一気にヒップホップの空気感へとシフトします。新たな歴史の幕開けすら感じさせる、トップに相応しい一曲です。

「Woman」は、本アルバムのプロデューサーであるInflo率いるコレクティヴ、Saultにも参加しているシンガーソングライターのCleo Solを迎えて制作された一曲です。"Naija woman" から始まるリリックは、ナイジェリアにルーツを持つ彼女自身を起点に、アフリカ系の女性たち(シエラレオネ、タンザニア、エチオピア、ジャマイカ…さらに詞の中には国の単位にとどまらずヨルバ、スクマといった民族の名も織り込まれています)へとエールを送る、まさしく世の女性たちに捧げられた優雅で力強い賛歌となっています。

何よりも前作からの飛躍を感じるのは、全曲において歌やコーラスの要素が非常に豊かな広がりを持って盛り込まれているところです。こう言うと、昨今より多くのリスナーに受け入れられやすくなっている「歌って(踊れる)ラッパー」のように受け取られてしまいそうですが、彼/彼女らと一線を画すのは、あくまでLittle Simz自身が今までのストイックなラップのスタイルを貫くことに徹しているように感じられるところです。メロディアスな要素はコーラスメンバーや、Cleo Sol、Obongjayarといったゲストアーティストたちが中心に担っているように聴こえます。

「Point and Kill」(M-15)ではObongjayarに続く前半のバースやサビで彼女の歌声が披露されていますが、間も無く細かいリズムへ繋がるようにラップパートへ入っていくところを見ても、彼女の本分が確固たる(かつ歌心のある)ラッパーであることが見て取れます(あるいはそのことは「How Did You Get Here」(M-18)でもっとも際立っていると言えそうです)。しかし何度聞いても最高のベースラインで踊れる、小気味のいいスローアフロビートですね。

これだけ壮大かつ大胆な飛躍と展開を見せた本作のタイトルが、『Sometimes I Might Be Introvert』=ときどき内気になる、ですから、本当にチャーミングというか控えめというか(もはやアイロニカルですらあるような気もしてきますが…)、とにかく全てがかっこ良すぎます…彼女の音楽がこれからどう展開していくのか一層楽しみですね。


7. An Insight To All Minds/Kaidi Tatham

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現在のUKクロスオーバージャズを代表するキーボーディスト、プロデューサーのKaidi Tatham。どうやらその界隈ではベテランのようなのですが、今年に入って初めて知りました。個人的な偏見かもしれませんが、だいたい鍵盤奏者を名乗っているベテランアーティストはマルチプレイヤーというか、器用な人が多い気がしています。完全に偏見ですが。

記憶の限りでは、ドラマーのRichard Spavenを経由してJazz re:freshed(2003年に設立された、ロンドンのジャズシーンを牽引するレーベルの一つ)からリリースされたコンピ盤を聴いていたタイミングで、彼の名を発見したのだと思います。

全体的な印象としては、ラテンやブラジルの色を感じる、隙を与えない16分のビートに乗せたお洒落ジャズみたいな感じです。クロスオーバージャズ、とはあまりに漠然としたカテゴリだと思いますが、本作に関してはアップテンポなアシッドジャズやフュージョン、ゴスペルなどに見られるガチガチのキメやリズムの割り方を感じられるところが非常にクールです。所々にブレイクビーツのような、数十秒の短いビートトラックが挟まれているところが、このアルバムのミソのような気がします。一瞬、ん?となる小休止のような役目を果たしていて、アルバム全体に緩急が生まれるからです。インストのアルバムは途中で飽きちゃったりすぐ飛ばしてしまったりすることもよくあるのですが、数分単位の長さの楽曲も細かいビートへの意識が保たれ、程よく踊りながら聴くことができます。

スタジオミュージシャンやプロデューサーとしての活動の側面が強いのか、ライヴの映像は観客が撮影したものがちらほらありますが、量は少ないですね。Herbie Hancockの「Butterfly」をカバーしたライヴがしっとりかつソリッドでかっこよかったので貼っておきます。


8. Icons/Eli Keszler

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一目見てジャケの赤さに目を奪われました。ニューヨークを拠点に活動するドラマー/パーカッショニストのEli Kestzlerによる一枚です。

ここまで選んできた7枚のアルバムとは、やや毛色の異なる作品かと思います。彼の音楽を聴くと、ポピュラーミュージックというよりは現代音楽の影響を背景に感じます。色んなものの打音に耳を澄ますのが心地よい音楽です。たまには孤独な環境で、精神を極限まで沈めたいときもあります。そんな時に最適な一枚です。リバーブがたっぷり聴いた音響で様々な打楽器の音、金属音がひっそりとループしていて、気づけばお堂の中にいるようなどこか宗教的な雰囲気に包まれます。

Apple Musicのジャンル区分はElectronicになっていますが、アンビエントやエレクトロニカに区分けされる作家の音楽というと、寝る前に聴きたくなったり、本を読む時に流したくなったり、聴いていて落ち着くものも結構あるかと思います。しかし彼の音楽は、音と音の間に緊張があるというか、何か作業しながら聴くのに適しているようでいない、黙想に集中できるようなタイプです。

音源を聴く限り、大量のシンセやmoogを駆使しながら、見たこともない木とかをたくさん並べて演奏しているイメージが浮かんでいましたが、ライヴでの演奏動画はだいぶシンプルなスタイルでした。どうやら基本的にドラムセットに座して、音源を流しながら即興で叩いていくプレイスタイルのようです。大量の楽器間をせわしなく動き回って叩いていく姿を勝手に想像してしまってました。

セットの半径1メートル以内の範囲で、コンパクトに切り詰めていくプレイング。ただ己の身体に尋ねながら、次に鳴らす音たちを探り続けているような…約1時間ほどの間、曲としての区切りをつけるわけでもなく、只管に叩き続ける様子は新手の修行のようにすら感じられます。

他のいろんなライブをみても、彼はよくクロテイル(スネアの上に乗せてるベルみたいなやつ)を好んで使ってますね。上下ひっくり返して置くことで、カチ、という硬質な音も出せますし、サステインのある鐘の響きを出すこともできるようです。たまに弓でエッジを擦ってキーーンと甲高い音を出したり、スネア上で回してゴウヮウヮウヮと鳴らしたりするアグレッシヴな使い方もしてます。物は使いようとはよく言ったものです。

以前Oneohtrix Point Neverのツアーに参加したことでも話題になっていましたが、これからも他のアーティストとのコラボをたくさん見てみたいですね。彼のミニマリズム精神が、どんな化学反応を起こしうるのか気になります。


9. I Know I'm Funny Haha/Faye Webster

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Faye Websterはアトランタ出身のシンガーソングライターです。若干23歳ですが、これまですでに三枚のフルアルバムをリリースしています。

彼女の音楽の特徴は、なんと言ってもスティールギターを取り入れたフォーキーなサウンド作りです。ブルーグラスのギタリストだった祖父と、ギタリスト/フィドラーとして活動していた母を持つ、生粋のカントリー家系というバックグラウンドの影響は大きそうです。そのアンニュイな歌声と、スティールギターのスライド奏法に特有の、アナログでふわーんとした音の移動が絶妙なマッチングを果たしています。何気に低めのトーンで鳴っているデッドなスネアの音色も、聴き手に疲れを感じさせないところが良いですね。

前作の『Atlanta Millionaires Club』(2019)は2019年のベスト10に入るかどうか、というところで惜しくも選外になりました。なんとなくフォーク色がより全面的に出ていて、それはそれで潔さがあったのですが、リピートしてしまうような感触に至らない物足りなさがありました。それが今作ではフォークの要素が彼女のポップス的感覚へと見事に昇華されていて、一曲の中のダイナミクスが過不足なく作られている感じがします。やや気だるい雰囲気がぴし、と引き締められたような感覚です。今までは一定の速度で流れる温水プールに浸かっていたところに、ちょっとした斜面が付け加えられたり、急な曲線が現れたりするようになった感じです。特にブレイクの挟み方が絶妙だと思います。

それから新たにコーラスやフェイザーなど、ギターに空間系のエフェクトが多く使われるようになったことも重要な変化の一つかなと思います。「A Stranger」(M-8)ではトレモロを効かせたエレピや贅沢な厚みのあるストリングスも取り入れられ、「A Dream With a Baseball Player」(M-9)ではサックスの音色も短く差し挟まれています。ひととおり聴くと音色のバリエーションがかなり豊かになってますね。

このKEXPライヴのバンドメンバー、彼女以外なんだか貫禄がすごいです…。初期作から参加しているというペダルスティールのMatt “Pistol” Stoesselは、本ライヴでアコギとエレキも担当していますね。

動画のインタビューセクションで、背景にあるアンプ上にたくさんのヨーヨーが並べられているのが見えますが、どうやら彼女の特技の一つのようです。ライブ中に披露している映像も転がっていました。子供の頃全然できなかったので、かなり憧れます。

「Overslept」(M-10)は、日本のシンガーソングライターmei eharaを迎えて制作された楽曲です。まず二人がそれぞれの母語で詞を歌っているところが良いです。mei eharaのリリック、とても詩情があります。みんな寝坊するときの感触をこんな風に捉えられたら、もっと寛容な世界が近づく気がしないでしょうか。MVに出てくるファンタジカルな生き物たちも、モノクロで流れる映像に映えて可愛いです。Websterのお気に入りのアーティストの一人だという彼女、これから引き続きフォローしていきたいと思います。


10. Deciphering The Message/Makaya McCraven

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2021年ベストアルバムの最後を飾るのは、シカゴを拠点に活動するドラマー/プロデューサーのMakaya McCravenによる一枚です。下半期、一ヶ月間くらい毎日通勤時間に聴いていたような記憶があります。

ブルーノートからリリースされた本作は、同レーベルから過去にリリースされたジャズナンバーを再解釈し、サンプリングや再演を施すことでカバーしたリミックスアルバムです。1950~60年代のビバップ、ハードバップ期のアーティストたちの作品が元ネタに選ばれています。原曲は恥ずかしながら一曲も知らなかったんですが、プレイヤーの名前を見ると大御所ばかりでした。己の探究心が足りない証拠ですね。最近レコードプレーヤーを導入したので、貪欲にディギングライフを続けていこうと思います。

柳樂光隆氏の作成による、本アルバムのリミックス曲とその原曲を交互に組まれたプレイリストを聴くと、ミックスの違いを始め、どのようなアレンジが加えられているか考察できて楽しいです。

全体的に、ミックスに関してはかなり現代的に仕上げられていると思います。音の定位が明確で、解像度が高い印象です。これはドラマーとしての感覚がかなり働いていると思うのですが、かなりドンシャリ気味というか、バスドラと金物のトーンが強めに鳴っています。ドラムのミキシングはブレイクビーツ的な雰囲気が強いです。ただ同時に、Joel Rossによるビブラフォンにもスポットが当たっているのがよくわかり、透き通った音が明瞭に聴こえるよう処理されています。他にもMarquis HillやDe'Sean Jonesなど様々なプレイヤーをゲストに迎えています。カバーアルバムなんですが、サンプリングした音源に乗せてセッションしているような、ありそうでなかった質の音源になっているところが凄いです。これがサンプリングのみによるリミックスだとそうはならないと思うのですが、インプロ的な緊張感みたいなものがあって、聴いているとテンションが上がります。

The Jazz Showcaseでのライヴ映像を観てみると、ライヴでもそれほど派手なプレイをするわけではなさそうです。どちらかというと堅実な、Jojo MayerやMark Guilianaほど攻めてはいない人力ドラムンベースという感じです。ここでもブレイクビーツ的なヒップホップのバックグラウンドを強く感じさせる点で、やはり彼自身アメリカ現代ジャズドラマーの系譜にあることを意識させます。

プロデューサー/リミキサーとしての彼の才能を世に知らしめたのは、おそらくGil Scott-Heronのカバーリミックス盤『We're New Again: A Reimagining by Makaya McCraven』(2020)ではないでしょうか。たしか菊地成孔と大谷能生が、DOMMUNEの生放送でかけていたのを初めて聴いた記憶があります。元ネタが素晴らしいからそりゃずるいよーとも思いますが、明らかに今回の『Deciphering The Message』の仕事へと展開されて然るべきものだったと言えるでしょう。本作は「メッセージを解読する」というタイトル通り、現在の技術やセンスを用いて、過去に生み出された音楽に内蔵されたメッセージを新たに解釈する試みです。それはある種考古学的な作業とも言えて、常に未だ見えていなかったものの発見を伴うような仕事だと言えます。

自らが価値のある音楽だと思える過去の遺産を風化させずに、こうした形で再び息を吹き込むのは、並大抵の知識と経験ではできない仕事です。私自身、過去に学ぶ意識を忘れないようにしようと鼓舞された一枚になりました。

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おわりに

2021年中に終わらせるぞと意気込んでいましたが、結局年をまたいでしまいました。自らの計画性のなさに幻滅します。今年も気づいたら一万字を越えてしまっていました。2021年はあまり新しい邦楽を聴かなかったような気がしますが、レコードプレーヤーの導入をきっかけに、古き良き音楽を訪ねる回路が拓けた年になりました。沼に突入したことに恐れも感じますが、一層新たな音楽に出会えることを楽しみにしています。

一年間、無事に生きながらえたことに感謝します。みなさまお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

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