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ブリタニー・スパニエル犬を語る①

名猟犬の起源を探る

 フランス原産の鳥猟犬ブリタニー・スパニエル。30年以上も前に狩猟を始めた私は、この犬種を生涯の相棒に選んだ。4代目のマイヤーは岐阜県で成長し、現在は高知県の山々を駆け回る。聡明で敏捷。何よりも飼い主に忠実な彼は、私にとってかけがえのない存在だ。現在、2歳10カ月。典型的な仏系ブリタニーであるマイヤーとの生活は、刺激とスリルに満ちている。


家に来たばかりのマイヤー。どこかふてぶてしい。

 3年前の夏。マイヤーは、私が当時勤務していた岐阜県郡上市にやって来た。東京都内のブリーダーから直接引き取り、新幹線と在来線、車を乗り継いでわが家に。長い旅をものともせず、マイヤーは初めて見る山で遊んだ。
 度胸があって活発。その印象通り、わんぱくな子犬は猟犬としてたくましく育った。山に入れば、自分からヤマドリやキジを求めて走り始める。獲物を回収する運搬訓練も難なくこなし、1歳で初のヤマドリを仕留めた。

雪山でヤマドリを追う。深い雪をものともしない

 福井県境にある郡上市は、雪が多い。12月ともなれば、山は一面の銀世界になる。ヤマドリは沢の奥にいるため、猟は雪との闘いになる。この土地ではシカ、イノシシ、クマを追う大物猟も盛んで、猟師たちは雪対策のかんじきか、スノーシューを常用している。
 そんな厳しい雪山でも、マイヤーは全くひるまなかった。それどころか嬉々として雪に飛び込み、泳ぐようにして前に進む。通った後はきれいにラッセルされ、楽に歩くことができた。
 マイヤーは子どものころから運動を欠かさず、今も朝夕1時間は林道を走っている。猟犬はやはり体力が勝負だ。周囲を山に囲まれ、いつでも林道に入れる環境が早くから猟欲を呼び覚ましたのだろう。ヤマドリの捕獲数は順調に増え、最初の猟期で10羽に達した。


力任せに雪原を突っ走る。まるで山の獣

 猟場は山に限らない。ブリタニーは、川や農業用ため池など水辺のカモ猟も得意だ。マイヤーは散歩の度、体が熱くなると水に飛び込む。そこで、木の枝を投げてやれば、くわえて持ってきてくれる。何度も繰り返せば、撃ち落としたカモを回収する訓練になる。

泳いで木の枝を回収する。カモに見立てた訓練

祖先はブルターニュ原産

 そもそも、ブリタニー・スパニエルはどういう犬種なのか。
  「犬種別猟犬訓練法」(狩猟界社)によると、ブリタニーはフランスのブルターニュ地方が原産で、その歴史は16世紀にさかのぼる。当時は貴族たちが領地で狩りをしており、網を使った鳥猟に適した犬種が生まれたようだ。
 中型犬に分類されるブリタニーは、ポインターやセッターといった猟犬よりもずっとコンパクトな体をしている。尻尾が生まれつき短いのも、網にからまって怪我をするのを防いだ名残とされる。
 ブリタニーの姿は、古くからタペストリーにも描かれていたという。先日、長崎県平戸市を訪れた時には、平戸城の壁面に飾られた絵画の中に猟犬を見つけた。
 平戸はかつて南蛮貿易の拠点として栄え、オランダ商館も置かれた。もしかしたら、この犬はブリタニーの仲間かもしれない。

絵画に描かれたオランダの人々。左端に犬がいる。
この犬の正体は?

 ブリタニーは20世紀初頭、品種改良の末に優秀な鳥猟犬として確立された。1908年にパリで開かれた品評会では、キャンビール子爵所有の「アルボール・デュ・コ・ケール」が1位となっている。
 やがて、純血種の体形などを示すスタンダード(犬種標準)が定められ、マイヤーの祖先となる仏系ブリタニーがヨーロッパ各地で活躍した。

1908年の品評会で優勝したアルボール・デュ・コ・ケール

  ブリタニーは1930年代になると、アメリカに輸出される。この国でさらに改良が加えられた結果、誕生したのが米系ブリタニーである。マイヤーの先代のチェリーは米系だった。同じ犬種だが、体形や顔つき、猟のやり方などが微妙に違い、猟犬の世界の奥深さを感じたものだ。

林道に立つマイヤー。典型的な仏系ブリタニー

猟犬を飼う楽しさと苦労

 ブリタニー・スパニエルは根っからの猟犬だ。「鳥を捕ってなんぼ」というのがブリタニーの基本であり、常に野山を走っていないと気がすまない。林道に連れていくと、山と谷を自由自在に移動し、軽く人間の10倍の距離を駆け抜ける。
 朝と夕方は首輪とリードをくわえてはしゃぎ、「早く出かけよう」と催促する。雨が降ろうと、雪が降ろうと、その日課は変わらない。当然、私も付き合うから、自然と運動ができる。猟期はヤマドリやキジ、カモを追い、それ以外の季節はハイキングを楽しむ。マイヤーとの生活は充実している。

雪山でお散歩。「早く走ろう」と誘う


 しかし、彼の要望にこたえるためには、こちらもそれなりの覚悟がいる。リードを付けて近所をちんたら歩くだけだと、とても満足してくれない。林道や山奥で放す余裕がない時には、自転車で思い切り走らせている。
  私を引っ張ってくれるのは楽だが、マイヤーは突然立ちどまることがある。悪気は無いというものの、体重20キロを超える犬が重しになれば、自転車は簡単にひっくり返る。スピードを出しすぎていたために5メールも飛ばされ、手ひどい打撲傷を負ったこともある。
 それでも、マイヤーとの生活は楽しい。彼がいなかったら、わざわざ寂しい山奥に入る気にはなれないし、外出さえ億劫になるだろう。私は時々、マイヤーこそが主人で、こちらの方が遊ばせてもらっているような気分になるのである。



 
 


 





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