足摺岬の目覚まし時計付きキャンプ場。野良ニワトリの恐怖
「おやっさん。あのくされニワトリ、わしが獲ってもええですかいの?」。高知県土佐清水市の足摺岬。キャンプ場で車中泊していた愛犬マイヤーが、物騒な目つきで言い放った。6月4日午前4時半。まだ夜明け前の山中に、けたたましく響く「コケコッコー」。それは、猟犬とニワトリが激突する仁義なき戦いの幕開けだった。
戦い前夜。星空を眺めての宴会
この施設は「唐人駄場園地キャンプ場」という。海を見渡す山の上に広がり、手入れの行き届いた芝生広場と炊事棟、清潔な水洗トイレを備えている。
すぐ近くにはパワースポットとして有名な「唐人駄場遺跡」があり、円形状に巨石が並ぶ「ストーンサークル」や、神事が行われたとされる「千畳敷」の一枚岩も。縄文初期にさかのぼるという遺跡は、古代の人々の息吹を伝えている。
豊かな自然に囲まれ、環境は抜群。これだけの施設が整っていながら、なんと利用無料。私は高知県でナンバーワンの名キャンプ場と断言する。自転車やバイクで旅をする人たちの間では、結構有名な存在だ。
私は今回、宴会をするためだけにやって来た。テントを張るのは面倒くさい。駐車場にミニバンを停め、後部の仮設ベッドにシュラフを敷き詰める。窓のカーテンを閉め、全身に蚊よけの防虫スプレーを吹き付けたら準備完了。いそいそと、芝生広場の休憩場に移り、土佐清水産のカツオを肴に飲み始めた。
妻と2人でガンガン飲む。冷えたビールはうまいし、新鮮なカツオはもっとうまい。イサキの刺身も寿司もある。あぁ、幸せ。ここは私設ビアガーデンなのだ。海の方向から涼しい風が吹いてくる。
マイヤーはフライパンで焼いた肉を食べ、「もっとよこせ」と圧力をかけてくる。今夜のキャンプ場は、サイクリングの若者が4人いるだけ。それも午後8時には寝たらしく、テントの明かりが消えている。
睡眠の邪魔をしては申し訳ない。黙々と静かに飲むうち、缶ビールが12本も空いてしまった。
頭上には怖いほどきれいな星空が広がる。
うだうだと過ごした後、車に戻る。もう10時を過ぎ、横になるやストンと眠りに落ちてしまった。
夜明け前の襲撃
そして翌朝。私たちは突然のけたたましい鳴き声でたたき起こされた。
コケコッコー、コケコッコー、コケコッコー!
響き渡るのは確かにニワトリの声である。
「おやっさん、殴り込みですかいの?」
寝ぼけ顔のマイヤーが窓から顔を出す。
外を見て驚いた。なんと2羽のニワトリが車の近くに並び、交互に鳴いているのである。いずれも、相当なのど自慢らしい。首を伸ばしてかん高い声を上げ、ついでに羽根をバタバタさせている。
「おどれら、何のつもりない。静かにせんと、焼き鳥にしちゃるぞ」
マイヤーが怒鳴っても、鳴き声はやまない。それどころか、ニワトリたちは車の周りをグルグル歩き回り、まんべんなく鳴き声をたたきこんでくる。
とても眠れない。マイヤーの首輪にリードを付け、車から出た。
さすがのニワトリも、猟犬を見てピタリと鳴きやんだ。しかし、その場を動こうとせず、不敵な表情を見せる。
「こらワン公。ここらは、わしらのシマなんぜ。犬はとっとと車に入って、おとなしくしないや」
当然、マイヤーは怒る。
「おどれら、わしらに弓を引くような真似をしといて、なにを居直っとるんなら。勝負せんかい」
今にも飛び掛かりそうな勢いに、私は慌てた。キャンプ場のすぐ近くには牧場がある。そこで飼われているニワトリなら、傷つけでもしたら大変である。マイヤーのリードをしっかり握り「ここは、こらえてつかい」と必死になだめた。
マイヤーに代わって、やんわりとニワトリを追い払う。2羽は不服そうながら、トコトコ歩いて遠ざかっていった。
戦いは続く
やれやれと車に入り、シュラフに足を突っ込む。いくら命知らずのニワトリでも、猟犬の用心棒がいると分かったら遠慮するだろう。二日酔いの頭でぼんやり考えながら、目を閉じた。
「コケコッコー、コケコッコー!」
15分後。またも叩き起こされた。
窓から外に飛び出そうとするマイヤーをあやうく引き留める。
「よそのニワトリさんだから、我慢しなさい」
妻の言葉に、マイヤーの表情は険しい。私に向かって、牙を見せる。
「おやっさん。猟犬のけんかいうたら、獲るか、獲られるしかありゃせんので。ここで芋引けいうんなら、わしの顔はどう立ててくれるんですかいのぉ。こんなもここらで男にならんと、もう舞台は回ってこんど」
仕方ない。再び車から出る。またも目の前でニワトリがすごんでいる。
「獲るんなら、ここで獲りないや。能書きはいらんよ」
「調子に乗りやがって。ええ加減にせいよ」
体重24㌔のマイヤーが、リードを思い切り引いて前に出る。止めきれない。私まで引っ張られ、ニワトリに突進した。
「コケッ、コケッ」
2羽はたまらず走り出す。足が速い。あっという間に遠ざかり、駐車場から出ていってしまった。
ニワトリの正体は?
これで決着かと思ったが、私たちは甘かった。ニワトリは車から離れたものの、さらに大きな声で鳴き続けた。
静かな山中だから、声はどこまでも届く。迷惑なのど自慢大会は午前8時過ぎまで続き、コケコッコーが響いた。結局、寝付くことはできず、私たちは全員寝不足になってしまった。
トイレに行く途中、駐車場わきの雑木林の中で動くものを見た。近づいてみると、あのニワトリだ。チャボの一種だろうか。さんざん鳴いて疲れたらしく、木の下でぼんやり立っている。
この時になって、飼われているニワトリではないことを確信した。2羽はだれかに捨てられ、このキャンプ場で暮らしている「野良ニワトリ」なのだ。道理で度胸がすわっている。鳥小屋でぬくぬくと生活する仲間とは、根性が違うのである。
キャンプ場の芝生広場では、岩の上に飼料がまかれているのを見かけた。きっとだれかが、哀れなニワトリのためにえさを用意しているのだ。2羽にとっては、キャンプ場全体が家なのだ。
ニワトリは体内時計に従い、夜明け前から鳴くという。もしも2羽が町中で飼われていたなら、近所の人たちは大変だったろう。あの調子で毎朝鳴いていたら、飼い主が「破門」したくなるのも分かる。
しかし、生き物を捨てることは許されない。ニワトリも被害者と分かったら、マイヤーの怒りも収まったようだ。
考えてみれば、ニワトリが鳴くのは仕事のようなものである。コケコッコーを始めるのが少々早いが、目覚まし時計の代わりと思えば腹も立たない。
そもそも、宴会だけが目的の不心得者に文句を言う資格はない。
ニワトリは、主に駐車場周辺を根城にしている。広い芝生広場でテントを張る分には、たいして気にならないだろう。
ただ、駐車場で車中泊するなら、ニワトリの襲撃は避けられない。あえて早起きするか、耳栓でもして耐えるかだ。ニワトリは山に捨てられた。私たちはせめて、優しく見守ってやりたい。
キャンプ場を去る時、マイヤーはニワトリたちと手打ちをして別れた。
「今の時代はよ、相手をトリさえすりゃ勝てるという時代じゃあらせんので。それさえ分かってくれりゃあ、それでええ。あんたらも達者で暮らしてつかいや」
注 文中のセリフは映画「仁義なき戦い」から
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