歴史学者・外村大さんの声明--飯山由貴さんの作品に対する東京都総務部人権課による発表禁止について

チェンジオルグからの転載【緊急声明】歴史学者・外村大さんの声明を公開します

東京都によるレイシズムと検閲に 反対する有志一同日本

2022年10月30日 —

 〈In-Mates〉の上映不許可問題について、いくつかの新聞報道によって、東京都の考え方について知ることができました。報道していただいた新聞社の記者の方、報道に接してこの問題に関心を持ち、署名のサイトをご覧になっている方々に感謝申し上げます。

 このことによって、現在の東京都が人権施策、さらには防災対策、教育施策も含めて、行政全般のあり方に深刻な問題を抱えているのではないかという疑念を、私は持つようになりました。そのことは東京都民、東京にある学校や事業所への通学、通勤者のみならず、なんらかの理由で東京を訪れる者、日本社会に住んでいる者すべてにかかわる重大な問題であるとも考えます。以下、これについて述べることとします。

 まず、東京新聞の2022年10月28日付の報道では

都人権部の担当者は「職員は朝鮮人虐殺が歴史家の見解が分かれる史実だと意識し、内容を確認する意味でメールを送った。映像を採用するかしないかに都知事は関係なく、(都知事という言葉は)必要ない表現だった」と釈明した。

と記されています。

 関東大震災時に朝鮮人虐殺が起こったことについては、現在、学校で使用されている検定済み歴史教科書でも記述があります。そして、現在の学説がどうなっているのかについて記した歴史辞典でも、朝鮮人虐殺について説明しています。それが事実ではないということを述べている歴史辞典はありません。記者会見でも触れたように東京都が刊行している「東京百年史」にも記述があります。

 もちろん、日々新しい学説が提示され、これまで事実とされて来たことが間違いであるとわかるケースもあります。そうした新しい見解は、学術雑誌や大学等の研究機関の刊行物に掲載されますが、それらにおいて、「朝鮮人虐殺がなかった」と述べる論文がでたという話は聞いたことがありません。もし「朝鮮人虐殺がなかった」という論文が掲載されたとすれば、歴史学者の間で大ニュースとなって知れわたるはずです。

 場合によっては、学校教育の場で使われる教科書の記述訂正などの対応が求められるわけですから、全国の新聞、ネット、テレビのニュースでも報道されるでしょう。しかし、現在まで、そのようなニュースもありません。なお、2022年8月2日に外村や飯山氏、FUNI氏、小田原氏が東京都人権啓発センター職員との話し合いを持った際に、外村が「関東大震災の朝鮮人虐殺について何か新しい学説が提示されているのでしょうか」と質問を投げかけましたが、それについて「このように虐殺の事実がないという説がでている」というような回答はありませんでした。

 そのようななかで、「朝鮮人虐殺が歴史家の見解が分かれる史実だと意識」した、東京都人権部の職員がいたという事実は、驚くべきことです。この方が、一般社会の情報から遮断され特異な環境の下で情報に接し続けている、常識を否定するようなことを教え込まれ続けている可能性もあるので、まず、人権部の当該職員の上司等、より大きな責任を持つ幹部の方は、念のため、その点を確認されるとよいと考えます。そのような意見を一市民が述べるのは越権だ、というように思う人も多いかもしれません。しかしわたしは、東京都の人権施策に関わる重大な問題であり、必要と考えます。

 関東大震災時に朝鮮人等が虐殺されたという史実は、大きな災害などの際に人びとがパニックに陥り、自分たちとは異質な存在であると認識され差別の対象となって来た人びとが不当に迫害されるということを意味しています。そのような、あってはならないことが、再び起きないよう、当時、それについて体験した人、それを伝え聞いた人が、次の世代に伝える努力を続けてきました。

 これは、現在でも同じようなことが起り得るためです。むしろ、かつてに比べてもその危険性は高まっていると考えられます。関東大震災の時期に比べてもあるいは20世紀末と比較しても、現在、民族や言語、文化等で多様な人びとが東京をはじめとする日本社会で暮らすようになっていますし、不正確な情報であっても現在であれば、文字通り一瞬のうちにインターネットを通じて広めることが可能であるためです。

 なお、関東大震災時には朝鮮人のみならず、中国人や、標準的とされていた日本語の発音をうまくできない関東以外の地方出身者、障がい者なども殺害の対象となりました。朝鮮人をかばおうとした、当然の行為をとった人も危害を加えられそうになりました。このことは自身が「マジョリティ」だと思っている人も、何かのきっかけで迫害を受ける可能性があることを示しています。

 なぜならば、大多数の「マジョリティ」は、家族、親族、会社の同僚、学校の友人として、にこうした「マイノリティ」と接していますし、また自身が将来、なんらかの意味で「マイノリティ」になる可能性もあるからです。このことを考えると、関東大震災時に朝鮮人等が虐殺された史実は、災害時に誰もが不当に迫害される危機がある、命の危険にさらされかねないということを認識させる重要な史実であることがわかります。

 にもかかわらず、関東大震災時に朝鮮人虐殺があったかどうか人権部の職員がよく知らないということは、人権の尊重、ある場合においては生命の保障自体を危ういものにしかねません。病人の緊急搬送や病院で医療行為に従事している者が、熱中症についての知識を何も持たず、「真夏の炎天下で水分補給もせずに長時間働いていて具合が悪くなった」という人が担ぎ込まれてもどう対処していいかわからない、というような状態とあまりかわりません。

 そして、このことはメールを発した職員だけの問題であるとは思えません。2022年8月2日に、飯山氏、FUNI氏、小田原氏と外村が東京都人権啓発センターの職員と話し合いを持った際、外村が「関東大震災について学校で使用している教科書ではどんなことが書かれているか」「これまで受けてきた学校教育では関東大震災についてどんなことを教わって来たか」を、問いただしましたが、具体的な回答はありませんでした。

 そのため、「東京都の職員は関東大震災時にどのようなことが起こったかを話すことができないのですか」と聞きましたが、これにも口頭での回答はありませんでした。なお、わたしはそれについてうなずいた職員がいたと認識しています。

 また、人権部の職員が出したメールの内容について、人権部のより大きな責任を持つ幹部職員は、ある時点で知ることになったはずです。その時点で幹部職員は、「関東大震災時の朝鮮人虐殺は否定できない史実であり、人権施策上重要な問題である」とメールを出した職員に伝えて、認識の過ちを正すべきであったはずです。

 同時に、そのようなメールが出されたいたことを知った時点で、人権部の責任ある職員は、すぐさま「関東大震災時の朝鮮人虐殺を事実と見ないで飯山さんにその点を問題だと述べたことは間違いであったので」と述べるのが、当然とるべき行動だったと考えます。しかし、そのようなことは行われていません。飯山氏は、その点について謝罪も受けないままとなっています。

 さらに、人権部の担当職員が、朝鮮人虐殺にかかわる史実についての知識がメールを出した時点ではあやふやだったとしても、それについては、そのように明確な知識を持たないと自覚したのであれば、当然、図書館で歴史辞典の関連項目について調べる、「東京都百年史」の記載を確認する、あるいは上司や同僚に教えてもらう、という行為をとるはずです。

 これも当然ですが、そのような行為をとれば、「関東大震災時に朝鮮人虐殺があった」という、重要な史実を知ったでしょう。さらに、飯山氏の作品に関わって、その史実は重要であることを、人権部の関係職員ならびに人権啓発センターの職員に情報共有するという行動にでたはずであり、それが飯山氏にも伝わったはずです。ところが、そのような形跡はまったく見られませんし、前述のように人権啓発センターは関東大震災時についてまったく語れない状態でした。

 ということは、いまだに東京都人権部職員や人権啓発センター職員は、関東大震災時の朝鮮人虐殺は史実であると認識していない可能性があります。このことは、人権施策において重大な問題です。先程のたとえに関連させて言えば、公立の医療機関の医者、看護師、救急搬送業務の従事者すべてが、「熱中症」というものがあり、それが人命にも影響を及ぼすということ自体を知らず、熱中症の可能性がある人について適切な対処をできないような状態です。そうであれば、人権部職員はこの問題に関連して、外部から職員を招いて人権研修を受けるべきであると考えます。

 もちろん、東京島人権部職員や人権啓発センター職員の中にも、少なくとも何名かは、関東大震災時の朝鮮人虐殺の史実を知っている方はいるかと思います(8月2日の話し合いの際、外村は職員に対してご帰宅後、お子さんの学校教科書にどのようなことが書かれているかご確認いただくようお願いしました)。

 とすれば、東京都職員以外には知らせていないが、関東大震災時の朝鮮人虐殺の史実について語ってはいけないという秘密の内部規則があるか、不文律があるという推測も成り立ちます。そうであれば、人権施策上、やはり大きな問題です。

 新聞報道や、以上のわたしの文章を読んだ人びとは、東京都人権部の職員は人権についての見識がまったくないのではないか、あるいは何か秘密の内部規則や不文律があるのではないかという疑いを持つことになると思います。これは狭い意味での人権施策だけではなく、いつ起きるかわからない災害への対処にも大きく影響してきます。

 そのように考えると、東京都人権部は、「関東大震災時の朝鮮人虐殺は事実である」「これは災害時に起こる可能性があるマイノリティへの迫害を防止するためにも重要な史実である」「そのことを認識して人権施策を行っていく」ということを、すぐにでも表明するべきです。

 また、東京都の災害対策の責任部局は人権部の職員にいったい何が起こっているのかを問いただして、災害対策で起り得る問題について伝え、必要な措置を取らなければならいません。そのようにしないならば、東京都住民、東京に通勤、通学している者、東京を仕事や観光で訪れる者、留学その他で滞在する可能性がある者のなかに、大きな不安を呼び起こすと思われます。

 このほかにも、東京新聞の報道に接して、別な点の疑問も持つようになりましたので、その点も指摘しておきます。この都の人権部の担当者が釈明しているのは、「都知事と関係があるように世間で受けとめられてしまってすみません」「都知事は悪くないのです」と言っているように、私は受けとめました。

 これが私の杞憂であればよいのですが、飯山氏が記者会見で述べたようなことを考えると、人権部の担当者は、「都知事=小池百合子ファースト」であって、全体の奉仕者であることを忘れているのではないかという推測も生じます。小池知事の個人的見解についてはある場面で尊重することがありうるとしても、まずは都民全体を対象とする人権施策がどうあるべきかという当たり前の態度を考えて施策を進めるべきであると言うことを、人権部の担当職員は常日頃から意識すべきこと、特に責任ある幹部職員はそのように部内の職員に伝えるべきことを徹底してほしいと考えます。

 付け加えるならば、東京都の職員団体(労働組合)も、飯山氏の作品にかかわる事態の報道と、それに接して上記のような疑念を持つ者がいることを認識したうえで、ぜひ、「東京都の職場自体に問題がないか」の点検を行い、必要があれば労働組合としてとるべき行動をとってほしいと思っております。

 以上の点について、東京都の責任ある立場の方は、認識いただき、そのことに照らして今回の飯山氏の作品についての判断が妥当であったかを改めて考えていただきたく切に願います。そして、そのためにも、東京都人権部として飯山氏とお会いして、直接、説明をする必要があると考えます。

 また、その際、「東京都百年史」であれ、何であれ、関東大震災時の朝鮮人虐殺が史実であることを確認した上で、外村が、日本人が朝鮮人を殺したのは事実である旨を述べた発言を問題視したのは間違いであったとのメッセージ発出を、東京都人権部は、関係する人びとに対して早急に行う必要があると考えます。東京都は、在住者のみならず、そこに住んでいない人びと、そこでの行政施策の動向が世界全体でも大きな注目も集めているはずです。

 したがって、今回の事態は、東京都民のみならず、また、東京の学校や事業所に通勤、通学していて東京で災害に直面する可能性が高い人びとのみならず、観光や仕事で東京を訪れる人びと、留学等で東京に滞在することを考えている人びと、東京に憧れを持っている人などにも、大きな失望をもたらし、東京都の人権施策、災害対策に不安を生じさせる可能性があります。

 したがって、東京都人権部の職員が関東大震災時の朝鮮人虐殺についての史実によく知らなかったという、その一点についてのみに対しても、飯山氏ならびに、東京都民、東京都の通勤、通学者、観光や出張で訪れる可能性がある方々に謝罪してほしいと思っております。

 そのメッセージにおいては、関東大震災時の朝鮮人虐殺について明確な知識を持たず、それがなかったような誤解を与えかねないような行為に出たことが、関東大震災時に虐殺された人びとの遺族の気持ちを傷つけ、さらに関東大震災時の朝鮮人虐殺の史実について伝え継承してきた市民の努力をもふみにじる間違いであったことを明確に述べてほしいと私は思います。

 今回の事件では、すでに東京都は大きなイメージダウンをもたらす、あるいは長期的にももたらす可能性があり、上記のようなメッセージを発することなしにはその損失を回復することはできないだろうと私は考えています。

 最後に、歴史研究者、歴史教育に携わるすべての人にメッセージを発します。

 わたしたちは、中学校の教科書で教えられている重要な事実についても、東京都職員の方でも知らない、また知らないと自覚しながらも自身で調べることもしていない可能性があるという、現代日本の状況について考える必要があります。今回、自分たちがこれまで行って来た研究や教育は、かなり重要な史実とその意味についても、多くの人に伝わっていない、少なくとも不十分な点があるという現実があることが明らかになりました。

 歴史研究者、歴史教育者は、そのことを真摯に反省し、なぜそのような事態が生まれたのかを考え、歴史研究、歴史教育の改善をそれぞれが続けて欲しいと考えます。所属する歴史学会、研究会等でもぜひ、このことを話題し、考え、行動していただくようお願いします。

 来年が関東大震災の100年にあたることも意識しながら、わたし自身もそのように努力していく所存です。

2022年10月30日 外村大

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