見出し画像

667/1096 問題だらけで遊ぶんだ!

吾輩は怠け者である。
しかしこの怠け者は、毎日何かを継続できる自分になりたいと夢見てしまった。夢見てしまったからには、そう夢見る己を幸せにしようと決めた。3年間・1096日の毎日投稿を自分に誓って、今日で667日。

(この毎日投稿では、まず初めに「怠け者が『毎日投稿』に挑戦する」にあたって、日々の心境の変化をレポートしています。そのあと点線の下「本日の話題」が入っているので、レポートを読みたくないお方は、点線まで飛ばしておくんなましね。)

667日目、今日はまた改めて、この毎日投稿で自分がしたいことを明らかにして心を整えて書いている。

まずわたしは、自分が発見したり通過したことで、自分を助けてくれたり良いことにつながったことを、伝えること。もしもそれを使ってもらえる人がいたら嬉しい。とにもかくにも、それで誰かの「いい感じ」につながってくれたらと思うと、感動がやばい!!へたな映画なんかよりもずっと、ずっと!!なので、そこに徹したい。

わたしは劣等感が激しかったし、自分はロクでもなくて、生まれつきの出来損ないの不幸製造機だという意識がとても強かった。わたしはニートだったし、ホームレスだったし、無一文だったし、怒ることと悲しむことと自分を蔑むことと、盗み、怯え、脅し、傷つけ、破壊することしかできなかった。でも、今はそれを脱ぎ捨てることができてとても気楽でとても幸せ、、、だから、誰かにそれを役立ててもらえたら最強最高に嬉しいのだ。

みんなで幸せになろう、みんなで!!!
かわいいかわいい子どもだったわたしたちは、育って大人になった・・
でも中の人はみんな、子どもの頃と同じ、かわいいかわいい人そのままだ。
せっかくこうして心臓を打って必死に生きる体とともにあるのだし、せっかくこんなにきれいな星の上にいるのだし、みんなで楽しくいこう!!
気楽に、口笛を吹いて!!

今日もどうか、なにかそこに貢献できることを、神さまが自分を通して書かせてくれますように。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今自分で自分に何を言いたいかなあと思って浮かんできたこと。

それは、自己否定している自分というものを眺めてみると、なんと微笑ましく、痛く健気で、ひどく可哀想で、愛しき生命体だろうか、ということ。

ウウ・・やらなきゃいけないことがあったのに終わらせていないなあ・・・という思いをもって、モソモソと洗濯物を分けたりしている。しゃがんでいる姿を見ると、背骨が出ていてちょっと可哀想だ。

わたしという、壇珠さんではない「なにか」から見ると、彼女を含め人類というのは、とてつもなく健気で愛しき存在だ。ほんとやばいやつ!!

正直なところを恥ずかしげもなく書いてみると、つか人類ほんとやば!!ねえ、なに??なんでそんなに可愛い??その腹黒さ、その劣等感、その無関心、その悲しみ怒り殺意、ぜんぶ可愛さでしか無いの、わかるかなあ!!「あ、いや、自分はかなり嫌なやつなんで・・ぜんぜん可愛くはないです・・」とか言っちゃってるそこのあなた!!そういうところ!!そういうところですよ!!そういう勘違いこそが最強に可愛いんですよ??もうみんな食べちゃいたいくらいに可愛いから食ってやる!!ほんっと萌え死、萌え死ぬわ〜!!である。壇珠さんもその一員だ。

え?欠点は可愛くないって??なぁ〜にをおっしゃいますか、そんなことを言ってもただ可愛さが上塗りされるだけなのですよ?

完璧に健康で賢くて教えたことをなんでも覚える子犬と、ちょっと間違えちゃったり、怪我したあとにびっこを引いちゃってたり、餌を他の犬にあげたくないからその上に乗っちゃったりする子犬と、どちらも可愛いですよね、(笑) 怖がってシャーっとやっている猫も、オドオドしているうさぎも、自分なんか…などと言ってショボくれている人類も、同じく等しく愛しさ爆裂です。

わたしは、「あるがままの自分を受け入れる」ということに、こうなる以前はまったく違ったイメージを持っていた。なんというか、自分のすべてを「好き」で「美しい」と感じないといけないと思っていた。

でも、今も、しょーもないところはしょーもないと思ったままだし、ロクでもないところはロクでもないと思ったままなのだ。そこが意外だった。

むしろ逆で、しょーもなくてロクでもないから、可愛いのである。

わたしの感覚を詳しく言うと、神さまはそんなふうには可愛くはない。神さまはすべてだから、可愛さにすら限定できないけれども、たとえば鉛筆は鉛筆だから可愛い。鉛筆というものに限定されてみた、のが可愛い。削るとなくなっちゃうし、インターネットも通じないし、畑を耕せないし、できないことだらけの「鉛筆」をやってみているから。

万物の中から鉛筆を選んで鉛筆になってみている最中である、ということがべらぼうに可愛い。しょっか、えんぴちゅになってみたんか、お前・・・鉛筆になって、それで堂々としてるんね、よかたな、、、と思う。

鉛筆は、ペンでないことを悩まなくていいと思う。
ジャケットでないことを悩まなくていいと思う。
いくら山や海が素晴らしくても、山や海でないことを悩まなくていいと思う。すっぱりすっかり無駄であり、悲しいことだ・・・

わたしは、自分がダンクシュートができないことを悩まなくていいと思う。自分がヒカキンさんでないことを悩まなくていいと思う。
パチプロでないこと、クルーザーの免許を持っていないこと、腕相撲が世界一でないこと、トム・クルーズでないこと、キャリアウーマンでないこと、なにひとつ完璧でないこと、悩まなくていいと思う。完膚なきまでに無駄であり、悲しいことだ。

わたしが壇珠さんでしかないことを、悩まなくていいと思う。

万物の中から、わたしという人になってみて、「ウウくそぅロクでもないなあ」と思いながら洗濯物を分けているこの人物を、わたしは鉛筆のように「しょっか、うんうん・・いいねいいね、、」と思う。鉛筆のように素晴らしいと思う。

なにもかもが美しくなにもかもが好きだと思えたのではないし、自分を好きになったから、ロクでもないところについて評価ができるようになったから、ではない。

評価も要らないし、好きですらなくていい。そんなものに頼った「素晴らしさ」ではない。ただ理由も根拠もなく、無限の自由の中から、限定された存在になってみていることを素晴らしいと思う。

限定されて、なにかを体験していることを素晴らしいと思う。だからいいじゃん、完璧でなくたって、あれこれすべてができなくたって。全知全能目指さなくたって。誰しも、そんなこととはまったく関係なく素晴らしいのだから。

あなたはあなたという人に限定されたこの世のエネルギー。そこに限定されたその勇気、その不完全さ、悲しさ、寂しさ、切なさ、人生のすべての苦がそれで大丈夫。すごいし可愛いから大丈夫。それよりも俺たち、今日もこんな奇跡の星に生きたままいるんだけど、さぁどうしましょう、何して遊びますか!!

というわけで今日は、不完全さイェーイ!というこのとても楽チンな気分のシェアでございました。わたしたちには、完璧になっている時間なんてありません。問題だらけのまま、遊ぶんだ!!

もしかして、どなたかの心と響き合えたら幸せです。

それではまた、明日ね。

【オフィシャルサイトです】

オンライン個人セッションや、オンラインサロンのご案内ほか、さまざまな情報がチェックできます!ぜひ見に来てね。



毎日無料で書いておりますが、お布施を送っていただくと本当に喜びます。愛と感謝の念を送りつけます。(笑)