Instagramと鈍器

「先程はご来店いただき、ありがとうございました。お住まいの地区も知らないので、まさかと思いつつ、でも上手ギタリストさんだと確信したのでお声をかけさせていただきました。私の名前まで覚えていてくださり、嬉しかったです。ありがとうございます。」

いったい他に何を書けば良いのだろうか。
26年前の青春の走馬灯と共に上手ギタリストに「ヨロシクね!!」とレシートに走り書きをされた電話番号にショートメールを打つ手が止まる。
「私こそ、ヨロシクお願いします(*^^*)」など打てるわけが無い。何をどうヨロシクしてヨロシクされる事があるのだろうか。全くピンと来ない。元ファン冥利に尽きる出来事ではあるが、私はあの頃の、上手ギタリストに煙草をカートンで差し入れる情熱も財力も無いのだ。上手ギタリストが知らない、現在鬱病シングルマザーの私はしばし肩肘で頭を支えた。

何度も読み直し、元ファンとしても量販店店員としても過不足の無い文言がこれ以上浮かぶはずが無く、送信ボタンをタップした。後は上手ギタリストの気分次第であろう、私は箪笥に後頭部を埋めTwitterタイムに入った。

「お仕事終わりましたか?」
Twitter画面の上部に詐欺メールとは違いそうな通知が表示されたのはTwitterタイムに突入して約5分程であった。早い、あまりにも返信が早い。ああ、上手ギタリストは日曜日が休みだから今日来店したわけで、しかし早い。まさか暇なのか。

一瞬、自分の中に見栄が出た。時刻はまだ14時にもなっていない。「お仕事終わりましたか?」の何気ない一文に、上手ギタリストが知る由もない、14時には帰宅している訳あり短時間パートの自分が戸惑いを覚えた。しかしながら訳ありになっただけの性格上、返信を放置する事が非常に申し訳なく、そして非常に億劫に感じる為、返信への返信を開始した。

ショートメール3ラリー後、私達はLINEに移動していた。
早い。本日はショートメールでご挨拶程度に、と返信をした僅か数分後、私は私の青春上手ギタリストのLINEに自らの名前だけでなくクセの強くないスタンプまで送信をしている。

なんだこの展開は。これから何かのリンクが貼られるのだろうか。Amazon、保険、投資、宗教、もしや実は新しくバンド活動でも始めており、ライブ勧誘が始まるのであろうか。44年の人生の、いくつかの苦い出来事を思い出しながら「既読」を眺め、来るべき返信に備えた。

初めてのLINE返信は
「先日スマホが死んだばかりで、スタンプひとつない僕です…」であった。
何この無課金おじさん、もしかして堅実?

長文のやり取りが始まり、ああ上手ギタリストも中高年なんだな、LINEの文章が長い中高年なんだなと好感を持った頃、「Instagram、やってる?懐かしい写真も少しあるよ」とInstagramにまで招待いただいた。無論、私はほぼ動いていない自分のInstagramをフォロバしてもらうつもりは無く、アカウント名を明かさないまま一旦LINEを終わりInstagramを遡る事にした。

投稿数は150に満たない。じっくり眺めても今日中には全て目を通せるだろう。アイコンは栄光の名残ある写真で、宣言通り、元ファンとしては胸熱の現役時代の血塗られビジュアル写真が数枚投稿されていた。
しかし、目を通すにつれ私は新たな胸の熱さを覚えていた。
投稿写真のほとんどは、観葉植物と地酒とツ自炊弁当、そして、私が愛してやまないこの土地の美しい美しい川や山を訪れた写真で溢れていた。

ストーカーのごとく、本人のコメントは勿論、フォロワーからのコメントとそれに対する返信まで余すこと無く読みながら♡を押し続けていると、
「いっぱい通知が来てる、本当に見てくれてるのね、ありがとう(泣)」とLINEが来た。
私は自分のテレビの前を陣取る観葉植物の写真を送り付け、同じ趣味を持つ事を知らせると再びInstagramに戻り投稿を遡った。
4年前に開設されたInstagramを全て遡ると、私の青春上手ギタリストは急激に別の親近感が湧く存在となった。

感無量でいっぱいの時、再びLINEが入った。

「みやちゃん、“バールで殴る”て書いてあるの、みやちゃんのアカウントなの??」

貴方の4年を遡らせていただきましたが、わたくしにも26年の歳月があります。

間違いありません。





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