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若年性関節リウマチ① 〜発症〜

ツバメ
営巣中で泥を運んでいるところに、不審な筒を向けるヒト(一眼を構えたワタシ)に出会って警戒中。笑

まずは話しやすい持病から。


1.若年性関節リウマチ発症

ワタシは20歳の頃に若年性関節リウマチを発症。

大学2年生の2014年2月12日の夜。
ベッドの上で上半身を起こし、背中側に手をついてテレビを見ていたら、右肩に痛みを感じた。
まだこの時点では、可動域が狭くなり、ある範囲を動かすと痛い程度。
「そんな関節が痛くなるような変な動きしたかなあ…?」と思いつつ、湿布を貼って寝ることに。

次の日…まだ痛い…
しかも痛みは増している…

徐々に激痛に変わっていき、2月14日の夜には動かせない、服が脱げない、お風呂に入れない。
何もできないのなら寝てしまおうと寝転ぶが、激痛で寝れず…
激痛で夜通し泣いた。

当時付き合っていた彼の部屋だったが、
ついに、夜中、激痛に一人で耐えることができず、寝ている彼を起こし、痛い痛いと子どものように泣きじゃくる。(起こされてもね…)
なだめようと抱きしめられても痛い、患部を触られても痛い…
どうすることもできない彼は、半分寝ながら夜通しワタシの背中をさすってくれていた。(優しい)

当時、ワタシも一人暮らしをしていたが、一人で日常生活を送れる状態ではなかったため、しばらく居候することに。


2.鍼灸院で診察

日が高くなるにつれ痛みは少しずつ少しだけ和らいでいった。

そして、泣きながら朝を迎えた。
2014年2月15日。

みなさん覚えてる方いらっしゃるでしょうか。
そう、平成26年の記録的な豪雪。

少し痛みが和らいだ肩を支えながら外を見ると…
真っ白。
外に出ると、身長150センチあるワタシの腰が埋まった。

激痛に耐えられないので、通院を試みるも…
その日は土曜日…
しかし午前中なら!!と思い電話するも、
豪雪の影響で、ほとんどが臨時休院だった…

しかし眠れないほどの激痛に耐えるのが限界だったため、近くの病院に片っ端から電話をかけ、診察可能な病院を必死になって探した。

5件以上電話をしたが、見つからない…
接骨院・整骨院・整形外科…どれも休院…
「これで最後…」と諦めながらかけた電話で…
やっと見つかった!!
近くの鍼灸院が受け入れてくれるとのこと!!
ワタシは家を飛び出し、鍼灸院へ向かった。

車は雪で埋もれているので、歩きで…
ワタシは肩の痛みもあり、雪をかき分けながら進むことができなかったので、
彼がはしゃぎながら先頭を歩き、ワタシはその彼の轍を後ろからついていった。

「おんぶしようか?」と優しく声をかけてくれた彼。(ほんとに優しい)
ワタシは首を横にふって、黙々と歩いた。
おんぶされるより、自力で歩行した方が肩の痛みは楽だった。

子どものようにはしゃぎ、雪玉を投げてくる彼。
懐かしい。(勝手に思い出に浸る)
「楽しそうでいいなあ」とぼーっと眺めているワタシは、バランスを崩し尻餅をつく。

雪に足を取られ、片腕がつかえないため立ち上がれずに一人もがくワタシ。
「しょうがねえなあ」と笑いながら、ワタシの手をひいて立たせてくれた。

そんな青春もあったなあ…
(はい、話戻します)


3.診断結果は「原因不明」

鍼灸院に到着し、診察してもらうも…
脱臼してるわけでもなく、原因はわからないと。
ただ、可動域をみると脱臼の可能性があるため、とりあえず、関節をはめる動きをさせて痛み止めを飲んで様子を見てとのこと。

渡されたのは胃薬とロキソニン。

関節グリグリが痛いのなんのって…
恥ずかしながら悲鳴をあげた。
泣きながらタオルを握りしめて治療終了。
診察前より痛い…

そこから、ロキソニンを飲みながら痛みに耐える1年がスタートした。

次は関節リウマチと診断がつかずに約2年間耐えたお話。


病歴
・嘔吐恐怖症(幼少期から)
・パニック障害(発症時期不明)
・広場恐怖(17歳発症)
・閉所恐怖症(17歳発症)
・若年性関節リウマチ(20歳発症)
・骨粗鬆症イエローゾーン(25歳発覚)
・PTSD (26歳発覚)
・ADHD (26歳発覚)
・HSP (26歳発覚)
・PMS(排卵痛・生理痛含む)
・境界性パーソナリティ障害 (26歳発覚)
・解離性障害 (22歳頃から)
・抑うつ症状 (26歳発症)
・バレット食道炎 (26歳発覚)
・卵巣嚢腫 (手術後完治)

大きな出来事
・ストーカー被害、加害
・強姦未遂被害
・自殺未遂

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