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目醒めた後に見える世界

この記事、2019年に書いて下書きのままになっていました。

どこかで同じことをもうアップしているかもしれないけれど、今、投稿しておこうと思います。




まだやっぱり外側が変わらないことに悶々としている人が多すぎるように感じています。


わかります。

わかります。

本気でわかりますとも。


覚醒なんかしたくない。

まだ本当に欲しいものを手に入れてないのだから。

まだ完全に幸せになっていないのだから。



わかります。

わかります。

その気持ちも本当にわかります。



でも、目醒めた後に見える世界があるのです。

眠っていた頃には、そんな世界があるなんて想像もできなかった世界が。

でも、それは言葉では説明することができないのです。


その場所に行くしか知ることはできないのです。



それで、そこでは、

迷いとか

どれにすればいいかとか

誰を選べばいいとか

いつやればいいとか

やったほうかいいのかどうかとか



そういうことを自分で考えることがなくなります。


ただ、そうなるべきならそうなるだろうと深い確信だけがいつもあり

自分の身体が勝手に動いていかないのなら

まだその時期じゃないというのを本能で感じ

コツコツと準備をしながら

風が吹く日を待つのです。


待つという表現もまた違っていて

待ってないのだけど

風が吹いて、背中を押されて

身体が勝手に動いて

やるべきときにやるべきことをしていくことになります。


ときに、自分という個人の観点からは

それは、手に余るようなことに感じても

あれよあれよと言う間に

自動操縦で始まっていくのです。


何かを成し遂げたから目が醒めるのではなくて

目醒めていくにしたがって、魂が本当に求めていた状態がそこに現れてきます。


そして、そのプロセスそのものが成し遂げたかったことだということに気づいていくのです。


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