2022年、振り返り

完全に年越ししてから振り返ってしまうというタイム感ではございますが、数年ぶりにやってみようかと思います。
まずは何故noteに書こうと思ったのか。それは、、

各種SNSに疲れたからーー!!!!!

それこそブログ全盛期は毎年年末に1年のまとめを綴っておりました。
ここ数年で様々なSNSの変遷や、各個人の表現ツールとしてのプラットフォームが流行ったり廃れたり続けたり止めたりで。
私の世代だと手作りホームページから始まり、BBSと呼ばれる掲示板で知らない人達ともワイワイ出来るようになり、ブログが流行りどのサービスを使うかで個性が見えたりして、音楽系だとmy spaceとSoundCloud、それからブログをホームページのようにカスタマイズ出来るようになり、そこからmixiが日本で大流行した後に、現在のTwitter、Facebook、Instagramが主流になりつつ、動画系はツイキャスとTikTokとYoutubeとVimeo、日本では一瞬流行ったClubHouse、他にも私の知らないプラットフォームやコミュニティがありそうですね。

最近感じているのは、折角流行ったツールが、他のツールの美味しいところを取り入れてゴチャゴチャしていく様子が見受けられて使い方が分からなくなっていく現象です。それにより最初の面白さがどんどんなくなってしまう。
mixiがTwitter的な要素を取り入れ、Twitterがclubhouse的な要素を取り入れ、InstagramとYoutubeがTikTok的な要素を取り入れ、そうこうしている内にTikTokは3分投稿が可能になったそうで。そして私は、

とーーーっても疲れました!

ここでそろそろ、何が自分に合うのか、何が好きなのか、使うものを絞っていくのが自然な流れかと思いました。
やはり私は文章が好き。読むのも書くのも好きです。そしてどんどん流れていくものがどうやら合わないみたいです。シンプルに自分のページに自分が書いたものを残したい。そう考えるとやはりブログが好きだったんだなと感じました。
Facebookはそのようにも使えますが、やはり流れていく印象があって何か違う。もしかしたら目次の有無かな?シンプルに目次があって記事があってクリックしたら文章が読める、という形が好きなのかもしれない。
だから、今年からようやくnoteをきちんと使おうと思いました。いつも言ってた気もしますが。笑

相変わらず前置きが長くなっておりますが、簡単に振り返って参ります。

2022年

◆1月
三日天下ワンマン「新年早々、遅れて来たレコ発ライブ」を開催。
エレピ立奏、サポートを入れず4人で。楽しかった。
“Red Spirit” のハンドクラップから自然に曲に戻る流れは、同業者に驚かれる。してやったり。うふふ。

社長業としては1年かけて事業再構築補助金で大川荘道場の設立を。
オンラインでの打ち合わせやら税理士事務所に行くやら。
アーティスト業との頭の切り替えもすこーーし出来るようになった、、かも。

◆2月
ひたすら動画を撮った日々。
会津若松に打ち合わせで行き来したり。活動内容は地味だけど忙しかった。

◆3月
ようやく名古屋に歌いに行けた。
お客様にも出演者にもコロナストレスを溜めないよう、野外イベントへの出演。
野外イベントは歌っている最中に音がふっとなくなる瞬間があって、それがすごく好き。
レコーディングも数回あり、音が鳴る環境を研究し始める。

◆4月
打ち合わせが!めちゃくちゃ多い!
社団法人、事業再構築、海外案件、でもちゃんとレコーディングもありスタジオにも入り三日天下sessionも撮影しておる。
自分が何者かよく分からんくなる。だけど楽しめている。

◆5月
グランドピアノのスタジオでレコーディング研究。
ライブさながらにRecする方法を実験する。これは良い時間だった。
どうやら私はライブで歌うことに慣れた耳なので、ヘッドフォンしていると音の返りが早すぎるのと、単純に距離が近くて自分の声がうるさく感じるようで。あと体感としては歌声が頭部にも響くので、耳を塞ぐと音の逃げ場がないのでは?と。
足元から音が聴こえる距離感が一番体が鳴る。

この月に中国ゲーム「陰陽師」テーマソングのレコーディング。
1日2曲は余裕な私だが、1曲ずつ別日にレコーディングの予定に。中二日空けての日程で新鮮だった。
内1日は自身の誕生日で、楽曲内容がこれからの私を象徴するような歌詞に思われてとっても嬉しい日に。このような巡り合わせはありがたく思う。

◆6月
デ・オッシさんとの東名阪ツアー、そして月末には山口県ライブ。
どちらもコロナ前は恒例のイベントだったので、ようやく再開出来たことが嬉しい。お久しぶりのファンの皆様にもお会い出来て良かった。
色んなところで歌い回るのが本当に好きよ。

◆7月
いよいよ本格的なヨーロッパツアーの再開。イタリア~フランス~イギリスへ。
にも関わらず逆流性食道炎で大変な思いをする。これほど喉に不調があったのは歌手人生では初めてかも。
自身の頭に鳴る音とステージ上のモニターでは信じられないくらい声が出ていないのに、動画での外音を聴いてみると何故か普通に声が出ているように聴こえる。
ど、どゆこと…?
この現象により、めちゃくちゃしんどかったのに周りには全くこのしんどさが気付かれないという悲しみが。良いんだか悪いんだか。

帰国後は「崩壊世界の歌姫」の撮影。終日かかってすんごく大変だったが、途中から謎のアドレナリンが出て来て変なテンションに。終わってみれば楽しい撮影であった。

◆8月
チリのイベント出演、季節が逆なので真冬。そして地球の反対側なので長時間フライト。これも久々の感覚。
なかなかに大変なイベントだったが、これまた海外だなぁという久々の感覚、第二弾。
3日間連続ライブというのも珍しいが、喉絶不調の割にはこれまた気付かれずに歌い切れた。
喉絶不調だとね、とやかく言わずにただ歌うしかない、という状況なので寧ろライブへの集中力が増す。…良いんだか悪いんだか。

帰国後はこれも毎年恒例、高校軽音部での特別講師を。
初年度からするとだんだん慣れて来たかもしれない。生徒さんとの向き合い方とか。プロ志望はほとんどいないので、真剣に楽しめ!という方向性が合っているような気がしている。しかし、答えはまだない。

末日は日帰りで会津若松へ、融資の印鑑を押しに。社長業もちゃんとやっておるのだ。

◆9月
打ち合わせ、撮影、レコーディング、の日々。何ヶ月かに1回こんな感じになるのね。
準備も大切なお仕事です。

◆10月
久しぶりの都内ライブへゲスト出演、まさか都内ライブ1月以来…?(今書いてて気づいた。。)
アホアホなイベント内容で、コロナ禍の鬱屈具合が少し晴れたかも。

そして会津藩校日新館にて、かむゐ公演へのゲスト出演。
野外に篝火を焚いて、大成殿の孔子に見守られながらの演目。これは私にとっても素晴らしい経験となった。
喉はまだ不調が続いていたが、この日も「歌うしかない」という思いで振り絞った。剥き出しになるしかないのよね。

同じ週に新潟の専門学校で特別講師を。こちらもコロナ後の再開。
密を避けるためにホールをご用意頂きました。私得だった、むふふふ。
こちらの生徒さんはもちろんプロ志望なので、ライブ授業の次の日の座学では音楽を続ける姿勢について主に話してみたものの、もっと話せることがあったのではないか、といつも反省してしまう。
この流れで新潟ライブハウスでのライブへ。新潟も何度もオファーがありつつ延期していたので出演出来て嬉しかった。
まだ喉が不調だったのでお酒を一滴も飲まず。残念。次回こそ。

下旬は初のポルトガルでのイベント出演へ。ここで例のロストバゲッジ事件が!!!
イベント出演は楽しかったが空港での印象の方が強くなってしまったよ。。周りに状況を話したら、普通はもっと早く心折れるでしょ、と言われたので、どうやら忍耐力レベルが相当高いらしい。
まぁ…人生色々ありましたからね…。

それにしても10月は忙しかったんだな。

◆11月
秋のヨーロッパツアー。イギリス~イタリア~スペイン。
過酷なツアーがカムバック、しかし以前よりも味方が増えており私も改善策を見つけるのが早くなっていて、何だかんだ楽しめてしまう。
それにしても非常に意味深い内容のイベントばかりで、これまでの土台を踏まえてこれからの指針が見えたツアーとなった。歴史はあまり勉強して来なかったのだが、各国で積み重ねられた文化や時間を感じることが歴史勉強の一つになっている。ここに遺された思念に対してどれだけのアンテナを張っていられるのか、はたまたふと入り込んで来ているのか。
どちらにしても周波数を合わせられる自分でありたい。

それから、長く続いた喉の不調は10月のポルトガル前にすっきり解消。
なんとタイ古式マッサージ2時間受けたら喉の詰まりがスコーンと抜けました。
ど、ど、ど、、、どゆこと!?
私の喉は謎が多過ぎる。

◆12月
いよいよ大川荘道場の引き渡し。さすがに細かく全ては書けなかったが、道場のデザイン、板や襖の種類、電気配線に至るまで各業者さんとたくさんの打ち合わせを重ね、融資を受ける為の資料提出や説明会に参加し、契約書の内容を吟味して頂き約束事を交わす。
手掛けたことのない業種だったのでとても大変だったが、大変だった分、印鑑を押す瞬間や道場完成を肉眼で見た時の気持ちはなかなか言葉に出来ないものがある。こればかりは手掛けた私にしか分からない特別な感情があると思う。
この年齢になっても、まだまだ知らない感情が生まれるものだな、と。

じんわりとした喜びの中、WEIBO Account Festivalにて実力シンガー賞を頂く。
頑張った1年の終わりにご褒美をもらったような気持ち。良い締め括りでした。ありがとうございます。

振り返ってみて

毎年秋頃から忙しくなる印象があったのだが、様々なことが再開してみるとやはりそうなりましたね。
印象的な出来事は改めてこれから、一つの記事として深掘りしながら書き記していこうと思っています。

今年1年がコロナ前のように完全に戻ったとは言えないが、完全に戻ることはない、と断言している人もいた。
それは決して悪い意味ではなく、新たな基準の世界が誕生するということになるのであろう、と私は解釈している。
思い返せば人生なんて予想の出来ない事だらけで、その度にどうすべきかと頭を悩ませながらやり方を考えながら生きているのだ。
これからだってきっとそうなのだろう。

さて、今年はどんなことが起こるでしょうね。
ドキドキしながらヒヤヒヤしながら、2023年を過ごして参ります。

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