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鴻巣友季子『文学は予言する』

第一章 ディストピア

 鴻巣氏は最近のディストピア文学の興隆の原因に世界的な右傾化、スノーデン氏による米国の国際監視網のリーク、トランプ政権の誕生を挙げている(2022年12月の時点)。ディストピア三原則の政策がある。国民の婚姻・生殖・子育てへの介入、知と言語(リテラシー)の抑制、文化・芸術・学術への弾圧である。現代のディストピア小説の代表がマーガレット・アトウッドの『侍女の物語』と『誓願』であり、未来小説とは未来ではなく今ここにあるものを時空間や枠組みをずらして描いた「現在小説」だと述べている。他にもカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』や『クララとお日さま』、クッツェーの『イエスの幼子時代』、『イエスの学校時代』、「イエスの死」三部作が挙げられるが、管理体制はぼんやりと浮かび上がるだけである。日本からは川上弘美、小川洋子、村田沙耶香らがディストピア小説の書き手として認識されている。ディストピア文学とは今ここにある世界を写した、紛れもないリアリズム小説なのである。

第二章 ウーマンフッド

 ナラティブの武器は男性のみに求められ、認められてきた力であり、女性はもっぱら「声」を奪われる側だった。ホメーロスの『オデュッセイア』から現実のヒラリー・クリントンまで連綿と女性達の痛みが続いている。芸術や学術の分野でも、女性は声を奪用され、創造的・知的リソースを搾取されてきた。ファム・ファタール、ミューズという名の陰にどれほどの女性の涙があったのか、想像に難くない。ボーヴォワールはこう言っている。「人間とは男のことであり、…男は主体であり、絶対者である。つまり女は`他者`なのだ」。ペレスの『存在しない女たち』では以下のテーマが繰り返し現れてくる。①性による身体差の問題②女性による無償のケア労働③男性による女性への暴力。人類史の中で「男性」「女性」の区分けのもとに様々な差別と抑圧が行われてきたが、その区分け自体に無理があることを考えなくてはならない。

第三章 他者
 ここでは現在の文壇で起きていることが述べられている。アメリカの若手詩人アマンダ・ゴーマンによる翻訳者の選定、パンデミックの世界に響く詩の言葉、盛り上がる古典の語り直し(もちろん現代に相応しい味付けがなされている)。長らく英米文学中心だった世界に様々な国籍や文化の風が吹き始めている。日本人では多和田葉子が知名度を持っている。彼女の『地球に散りばめられて』三部作は、日本神話を彷彿とさせる命名が為されている。奥泉光も文学の最先端を日本語で切り開いている作家として挙げられている。また、鴻巣氏は自らの知識や体験の追認として行われる読書に警鐘を鳴らしている。読書は他者や未知との出会いの場であるべきだと。私達は共感しなくても共存出来る。本書は鴻巣氏による読者達への応援歌のように思えた。

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