牛腸茂雄と心理の本

写真の公募展に入賞していちばん良いことといえば、審査員の方から講評を頂くことです。
なので、好きもしくは尊敬する写真家が審査員をする賞にだけ応募します。

後日、別のシリーズ写真(ラフ)を見ていただける機会にも恵まれました。
その際同席した別の写真家の方に言われた言葉。
「牛腸茂雄のような、力強いイメージ。」
すこい洞察力だと思いました。

その写真には、高層ビルを背景に、芝生の上に座り、こっちをじっと見ている小学生くらいの男の子が写っています。
不安とも苛立ちとも諦めともとれる、複雑な表情です。

牛腸茂雄は。若くして亡くなった写真家です。世代を問わず根強い人気があるので、写真に興味がない方にも知られていたりします。彼は胸椎カリエスという持病があり、子供らしい子供時代がなかったとのこと。幼少期は、鏡に外で遊ぶ子供を写して見ながら、その中にいることを想像して過ごしたとか。そんな彼が撮る子供の写真は、憧れが見てとれます。そこに写るのは、楽しげにする子供達だけでなく、彼の独特な容姿を見て表情がこわばってしまった子供も、やはり多いです。巧く隠すことを覚える以前の、率直さです。

私の場合は原因が違うとはいえ、屈託のない子供に対する羨望だったり、同時にそんな彼らの世界との隔たりを感じたり。スタイルと言うより、背景や感触が近いと、自分でもわかります。

そこから牛腸茂雄にもっと興味が出てきたので、彼に関する文献を、幾つか読んでみました。
やはりというか、心理系の本をよく読んでいたようです。彼の写真集のタイトルSelf & Othersは、R.D. レインの著作から名付けられました。
はじめてR.D. レイン著『自己と他者』を読んでみると、私のトラウマ期の答え合わせがそこにありました。牛腸が読んだ本として同時に挙げられていたM.メルロ・ポンティも読んでみました。『眼と精神』という本におさめられている『幼児の対人関係』にも、私が幼少期から抱え(させられ)ていた問題がとてもわかりやすく書かれていました。そして、こちらの本にある「見る=思考する」という部分、今必要な内容でした。

数年前、プリントの先生のところで初めて写真展に参加した時のこと。先生が私の写真を見てつぶやいた言葉「misakiさんの写真は、寂しそうなんだよな。」
先生はそんなつもりではなかったと思いますが、私はこの時、それが良くないことのような気がしてしまっていました。翌年同じ写真展に参加した時は、自分でも気付かないうちに、暗さを感じさせないような写真をセレクトするようになり、きれいで淡い写真を並べました。
先生に、「優しい写真になったね」と言われて喜びました、、当時のことは、過去のエントリーで嬉しかったこととして書きましたが。
今思うと、まったく喜ぶべきではなかった。
なぜなら、これは私がトラウマケア以前にやっていた、自分じゃない何かを演じること、そのものだったからです。

今また、寂しさやその他の複雑な感情を隠さない写真を撮れるようになりました。今前向きに生きられている私も本当だし、過去のつらい出来事も私の一部です。両方をあるがままにさせておくことで初めて、作品だけでなく私のこれからの人生を持てるのだと、今はわかります。

今までだと、ここnoteに書いているようなトラウマ関係や、寂しさやつらさなど影の部分は、日常生活から切り離されていましたが、ここにきて、だんだん地続きになってきているような気がしています。


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