ジゴロ(?)概念の風月澪

※狐系JKVTuberの風月澪ちゃんの二次創作です、書き散らしですので誤字脱字言葉の誤用などご容赦ください。

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「ねぇ、だいじょぶ?」
 心配そうにこちらを覗き込んできたのは風月澪。少し強気なその瞳は朱色と藍色が部屋にさす朝日で深く輝いていて、長く伸びた金色の御髪もキラキラと彼女の整いすぎている顔をこれでもかというほど飾っている。

 彼女と初めて会ったのは私が今住んでいるところに越してきてから、勤め先近くの小綺麗な稲荷サマのお社だった。そこで供えるために持ってきた手作りのいなり寿司を彼女になぜかつまみ食いされ、お礼に、とちょっとした運びものを手伝ってもらうというよくわからない出会いだった。それ以来彼女は私の周りに神出鬼没で現れては人懐こく優しい態度で手伝いをして、代わりに手作りのいなり寿司をねだってくるようになり、そんな不思議な関係を繰り返すうちに今ではれぇちゃんと呼ぶくらいには仲良くなっていた。彼女との付き合いが長くなるほどその話し方や優しい雰囲気に無性に惹かれ、その整いすぎている容姿もあって、ここまで親密な関係を築いたことがない私にとってはすこしたじたじになってしまうくらいであった。
 どうやられぇちゃんはこの地域の人たちにもよく思われていて、商店のある通りを歩けば常に人が寄ってきたし、どんな美人にもなびかないと噂の頑固な店主でも自然と笑って話すようなところもあって、顔が良いことや世渡り上手だけでは説明がつかないような不思議な娘でもあるのだった。しかしそんな彼女にもあえて言えるくらいの欠点はある。地域の人たちは見えていないのかと思うほどスルーしているが、れぇちゃんがずっとつけてるコスプレみたいな狐の尻尾と耳。それと、私の手伝いをしてない日には日中ずっとパチンコかボートレースに通ってると聞いているので、そういうところだけはいただけないな、と思う。
 いただけないのは分かっている――が、気づけば私もれぇちゃんの優しく不思議な魅力と人の好さそうな目、巧みな言葉にほだされていたようで、いつだったか自宅の合鍵を渡してしまい、こうして毎朝家に上がり込まれているというわけだ。我ながらとても不用心だ。

 さて、いつもならそうやって来てくれるようになった彼女のリクエストにこてえてふかふかのパンケーキかいなり寿司を作っている時間だが、今日はどうにも体が重く、つられて昔の失敗なんかをいくつも反芻してしまっていて、ベッドで上体を起こしたまま動こうにも動けない状況だった。
 幸いれぇちゃんの顔はそれを少し吹き飛ばす程度には効いたらしい。深く息を吸って、しっかりと返事をした――つもりだったのだが、自分でも分かるくらいに力なく、吐息ばかりの声が喉から漏れる。

「え? 今日仕事? オイオイオイ、代わりに行ってやろうか?」
 彼女はおちゃらけた風を装ってこういう気遣いもできる娘だったか。私もいつものように愛想笑いをして大丈夫、とれぇちゃんの方に向き直った。しかし、そんな優しさのこもった軽い言葉とは反対に、彼女は本気の、というか、少し怖いくらい冷めた目をしていた。
 私は、あはは、と愛想笑いで返した。
 ――なぜかいつもと違う様子の彼女から目を離すことができない。目の焦点はボーっとずれていっているのに、れぇちゃんの瞳だけははっきりと見えている。灰色にぼやけた景色の中で、彼女の朱色と藍色だけはいつまでも鮮やかだった。
 じっと目が合っていると、いつしかれぇちゃんの瞳孔にはぐるぐると何かが渦巻いているように見えて、全身から湧き水のように冷や汗がふき出る。まぶたが千切れるんじゃないかと思うほどの力を入れて、ようやくギュッと目を閉じた。きっと体調が悪いせいだ、そう一心不乱に思い込んで彼女を向いたまま固まった首を一思いに反対へねじろうとしたときだった。

「あっ……」
 れぇちゃんが短く声を上げた。ピクリとも動かなかった首がふわっと軽くなり、固くつむっていた目も驚きで見開いてしまった。
 首の鳴る大きな音がした。
 あまりにも小気味のいい音だったので先程までの恐怖心はどこかへ行ってしまい、代わりに少し遅れて、もしかして首が取れたんじゃないか、と思うほどの鈍い痛みがやってきた。
 声にならない叫びをあげていると、れぇちゃんはその痛い部分を的確にあたたかくて柔らかい手で押さえながら、駄々をこねた子供をあやすみたいに、私の頭を抱えるようにしてポンポンと撫ではじめた。彼女の顔は見えないが、この優しさをぶつけてくる感じはいつものれぇちゃんだ。私は安心して目に涙がたまってきた。声を出さないようにぐっと堪えて鼻の奥からのどにかけてがツーンと痛くなる。

「あーごめんね。よしよし、痛かったね。もう大丈夫だからね」
 その彼女の声を聞いて、過去を思い出していた辛さと首の痛みと涙とを我慢できなくなり、それから私は堰を切ってわんわんと泣き出したのだった。泣いている間のことで覚えているのはふわりと漂うれぇちゃんの香水。彼女の優しさと花の香りに、時間という概念が取り去らわれたような感じさえしていた。

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「……もう大丈夫? それじゃ、ママはごはん作るの待ってるからね」
 小一時間彼女の胸を借りて泣きじゃくり、急にその事実を受け止められるほどに正気に戻った私は、顔を真っ赤にしながらティッシュで涙を拭いて、誰がママか、ここはれぇちゃんがごはん作る流れじゃないのか、などブツブツ言いながら台所に向かった。れぇちゃんはこちらににこっと笑いかけると、まだ柔らかくさしている朝日の方に向き直って、優しい顔のままなにやら物憂げな雰囲気をしている。きっとまた今日のパチンコでいくら勝てるか考えているな、と思った。彼女がそういうまじめそうな表情をしているときにだいたい何も考えていないのは、今までの付き合いから容易に想像できるのだ。
 しかし、先程の冷たい目は何だったのだろうか。少しでも考えると途端にあのときの恐怖が戻ってくる気配を感じて、きっと気のせいだと思うことにした。豆腐を少し混ぜたパンケーキの生地を作ることに専念していると、そう思ったことすらも形なく崩れて、甘く焼きあがる香りに溶けていくのだった。

「うわー! 今日もおいしそう! ね、バターと蜂蜜もいい?」
 れぇちゃんのよろこぶ顔は級逸品。これぞ作り甲斐があるというものだ。にこにこしている彼女の顔を見て、いつの間にか私も自然と笑顔になっていた。

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オキツネサマ  この土地の豊穣と商売繁盛を齎してくれる神様といわれている。祠はムラの■■にあり、そこでは年に一度簡単な祭りが行われている。祭りの日も時間も決まっていないが、ムラに新しく女性が入ったときに行われ、複数入ってきたときでも最初の一人を対象にして年に一度しか行わない。祭りの日どりは村長の立場にある人が決めている。祭りのときには新しくムラに入って対象になった女性がいなり寿司を作り、祠に持って行くことになっている。平成■■年現在では、その簡単な祭りも簡略化され、供えたいなり寿司はすぐ持って帰ってその日の食事で食べてしまうという。昭和の初期くらいまでその祭りでいなり寿司を供えたらすぐ帰ってこないと「オキツネサマがツく」といって、祟りを恐れてよく話題にしたものだったという。ツかれた女性をどうなったかまで具体的に知る話者はいなかったが、商売繁盛とは逆で貧乏になる、仕事がなくなるといったことはよくいわれるという。ある話者によると、オキツネサマにツかれたと噂されていた女性は逆に憑き物がなくなったようにムラに来たときより活発になり、有名な画家になったという話を子供のときに聞いたそうだ。気に入られる人とそうじゃない人がいるのかもしれないとよくムラの中でも語られていたそうだ。

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