ハロウィンのリリネラ・ルーシャのファンノベル的な何か(同居概念が許せる方向け)

「ねぇ、ここにチョコの詰め合わせあったと思うんだけどさ、知らない?」

 家に帰ってきてから台所でゴソゴソと物色をしていたリリちゃんがよっこいしょ、と腰を押さえてこちらを向き、少し不機嫌そうに溜息を吐いた。暗いままのリビングからずっとその様子を気にしていた私は、期待にそえるような答えを用意していないよ、ということを伝えるためにソファに体を沈めたまま肩を竦ませてみせた。リリちゃんはムッとした顔をさらに一瞬しかめてもう一度溜息を吐く。ムムム、とか、フーンとか、はっきりしない不満の声を上げながら、すっかり秋の冷たい匂いが充満する部屋の中、彼女はゆらりと躰を動かし、ちょうど横にあった部屋のスイッチに向き直り、パチッと照明をつけた。
 途端、私はふわっと花のような香りと柔らかさに包まれ、グッと首が締まる。首から上の血が一瞬で溜まる感覚がして、息もうまく吸えないのに気づいた。
 ――チョークだ!! このドラゴン、大切にとっておいたチョコを同居人に食べられたと思ってきめてきやがった!!
 抜け出そうにもドラゴンの腕力にはかなうわけもなく、意識を手放しそうになる。だがしかし、ドラゴンお姉さんを同居人に選んだ人間の胆力をなめないでいただこう。私は抵抗していた躰の力を抜き、思い切りリリちゃんの方へ体重を預けた。少しだけもち直した意識で落としにきている彼女の柔らかさをこれでもかと堪能する。息ができずに少ししか彼女の香りを吸えないのが残念だ。
 と、さすがに極限状態で発揮された変態チックな思考に気付いたのか、リリちゃんはパッと躰を離し、自らをかばうように両手で守る仕草をしていた。ソファの背もたれに逆さになってニコッと笑った私は、鼻の奥に血の匂いがしてきたのを感じた。
「このぉ、えっち……」

 リリちゃんはそう言って逆さの私にデコピンを食らわせた。じんじんくる鈍い痛みに耐えながら、疲れて不機嫌な姿も恥じらう姿も素敵なドラゴンだなぁ、と改めて思った。

***

 少しして、私はティッシュを鼻に詰めて、ソファの上でその綺麗な脚を組んでぷりぷりと怒っているリリちゃんの隣に座っていた。
「で? チョコの在処はほんとに知らないのね」

 こくり、と頷いて返す。と同時に私は今朝のことを思い返していた。リリちゃんが言っているチョコの詰め合わせは猫のシルエットがあしらってある缶のものだったか、確かに見た記憶があるが、彼女が仕事に出かけるときにはすでに無かったような――。
 そのことを彼女に問いただしてみる。
「リリ? うーん……自分で言うのもなんだけど、食べる前に捨てるなんてことするわけないでしょ? あんなきれいなカンカン捨てようなんて思うわけないし……」

 彼女がうんうん唸っていると、私の頭の中に一つの仮説が浮かんだ。リリちゃんはよくかわいいお菓子の缶をとっておいてネックレスとかピアスとかのアクセサリを入れておくのに使っているのだ。そしてそれは食器棚の一番上、よく見えない位置にある。一緒にレストランにお洒落をしていくときや年末の大掃除のとき以外はなかなか日の目を見ないのだが、今朝はやたらその食器棚を開閉する音がしていたような。そしてもちろん甘いものに目がないこのドラゴンお姉さんはベストな状態でチョコを食べるために日中日陰になるようなところにしまうだろう。
 すべてが繋がったぜ、とニヒルな笑みを残して台所に消える私。ぽかんとした顔をしているリリちゃんは純真な子供のようにその綺麗な瞳をキラキラとさせている。
 ガシャン、と戸棚を閉めて足早に戻り、私はソファに乱暴に座った。手には猫の描いてある缶を持って。リリちゃんは丸く見開いた眼をさらに丸くして、申し訳なさそうにおずおずとしている。
「あの……それ、食器棚の上に……?」

 私はにっこりと笑って頷く。
「えと、ありがと。へへ……」

 受け取ろうと手を伸ばしたリリちゃんはかわいく笑っていたが、私は笑顔を貼りつかせたまま缶を握る手を離さない。彼女の顔が少しずつこわばっていく。
「あの、えーと……?」

 さて、私こと人間はドラゴンとの同居をする折に、一つルールを決めていた。大体のことは許すけど、ドラゴンから理不尽を受けたときはリリちゃんがごめんなさいを言うまでかわいい仕返しをする、というものだった。
 ふー、と息を吐いて缶を彼女とは反対の方に置く。リリちゃんの方を向き直ると、彼女はこれから起きることを理解して少し青ざめていた。そして一瞬の静寂、ぽそぽそと紡がれる彼女の小声。
「もしかして、こちょこちょですかぁ……?」

 ――YES,YES,YES、と心の中で唱え、手をワキワキとしながらリリちゃんに近づく。

 ハロウィンの前夜、トリックオアトリートのトの音も聞こえないときのこと。その部屋からはくすぐりが苦手なドラゴンお姉さんの、びゃーごべんなさいごべんださいぃ!!という声が聞こえてくるまで、とても声にできないような嬌声が小一時間響き渡っていたという。
 秋風がコオロギの鳴き声と緩やかな冷たさを運んでくる、そんな夜のひと時のことであった。

~~~

リリちゃんへ
距離の近い同居概念を描いてごめんなさい……

活動3周年おめでとう!!!!
ハッピーハロウィン!!!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?