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家の光

いつかの家の光に応募したかった『おむすび』の思い出

セミが鳴き始め、網戸にはカナブンが寄ってくる季節に実家に帰ると想いだす女の子がいます。それはわたしのはとこで名前はまきちゃんと言います。まきちゃんは東京に住んでおり、夏休みになると一週間くらい近くの親戚の家に遊びに来ていました。きっかけは覚えていませんが、わたしとまきちゃんは同い年だったこともありすぐに仲良くなりました。どんな話をしたか、何して遊んだか今では忘れてしまったのですがひとつだけ覚えていることがあります。
 小学校一年生くらいのことだったと思います。わたしはまきちゃんの家族と一緒に隣の市の遊園地に遊びに行きました。その遊園地にはプールもあり、私たちは一緒にプールで遊びました。お昼の時間になりまきちゃんのお母さんが作ってくれたおむすびを食べました。わたしはおむすびが好きだったので、プールで遊んでお腹が空いていたこともあり大きく口を開けて頬張りました。すると口の中に何か柔らかいものが潰れる感覚とすっぱい香りが広がりました。わたしはもしかしてと思い、口の中のおむすびをよく噛まず飲みこみ、手に持っていた食べかけのおむすびを見ました。中身は思っていた通り、赤い梅でした。わたしは梅干しが苦手でした。正直そのときはこれ以上食べたくないなと思いましたが、まきちゃんはおいしそうに食べていたしせっかくまきちゃんのお母さんが作ってくれたんだしとがんばって残りのおむすびも食べました。これがアラサーになった今でもはっきり覚えているまきちゃんとの思い出です。
 まきちゃんはその後、遊びに来ることが減りわたしたちは手紙でやりとりをするようになりました。お互いの学校のことや、はまっていることなどをお気に入りの便せんに書いて送りました。わたしは返事が来るのがとても楽しみでした。しかし大人に近づくにつれ新しい友達もできて手紙の数も少なくなり、携帯電話が流行り始めた時にはすっかり手紙を書かなくなりました。年賀状くらいの付き合いになってしまいました。一度中学生くらいにお互いのメールアドレスを交換したと思います。結局メールのやりとりは続かず、今はもう連絡先は分かりません。
 わたしは今でも梅のおむすびが苦手です。あの時のまま大人になってしまいました。それでもたまに梅のおむすびが食べたくなってしまうのは友だちとの懐かしい記憶を忘れたくないからかもしれません。わたしにとって嫌いだった梅のおむすびが今はまきちゃんとわたしは結ぶ不思議な味です。いつか好きになれるといいな。また来年の夏も想い出しながら食べるね、まきちゃん。

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