あらがわない。

私はいま、進むべき方向や立つべき立場に立っている。と振り返ると、起きている事に争わない、という姿勢が保てる。

それは自分の内側に起きるもやもやした違和感に対してもそうだし、自分の外側、周りで起きている事に対してもそうである。

振り返ってみると、これまでのおよそ20年はアウトプットしたり、アクションする事で「何かを動かさなければならない」という気持ちが元来強いのもあり、なにかいびつな形をしているものがあると、それを正す事に全力をかけていたのかもしれない。

それも決して悪い事ではなく、その時、その場所での最善だった。
そうして、その時代を経る事で、一次プロセスが起きたのだと思う。

ただ、一次プロセスを続けていくと、二次プロセスが起きる。

ここが大事。

ここで自分が自分と向き合えるのか。
そのような環境が整っているのか。

そしてナラティブに語り続けたり、違和感を感じ続ける事で、進化する。

進化すると、おそらくこの「あらがわない」自分に初めて出会えた。
いまここ。
この瞬間を感じられる自分に、幸せを感じた。

そしてまた、進み始める。
新しい人生の指針を携えて。

「自分が生き生きする感度で、
人の意識の進化にスピードをつけサポートしたい」

これが昨日生まれたばかりの指針。
大きな実行力ではなくても、小さなわたしのアクションですらも、沢山ここに繋がって行く事が容易に想像できる。

最近、何かが次にやってくるまでのエネルギー停滞までも捉えられるようになった。今回はそこからの11日目。

前回はどれくらいだったか…長かった気がする。
評価、判断の軸。
9月にTLC資格認定講座を受けてから? いや、もっと前だ。たしか7月に起きた事件から。
導入ツールを作り、ピラティスに行った日までの4.5か月。

本当に最後の「腑におちる」まではやっぱりこれくらいはかかるのかもしれない。

ただ、もやもやが本当に鮮明に受け取れるようになった昨今は、今までと違う意識の変化が確実にあると感じている。

本日の田原塾、Coexistence Cycles プレセミナーを受けての気付きでした。

初めてオンラインで少しだけ話した女の子に、「生きる事に前向きですね」という言葉を貰った。
素晴らしい言葉だ。ただ、自分が感じたのは少し違う観点だった。
「どんな役割を持って生まれてきたのかを感じているだけですよ」と返した。
書くと壮大に聞こえるけど本当はとても単純。
なんとなくの知性と繋がりからの直感。
なんの説得力もない。笑

素晴らしい朝の時間を頂きました。
ありがとうございます。

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