あどけないがあられもない

「ジュニアアイドルって知ってる?」
「なに?」
「ジュニアアイドル」
「なんのこと? アイドル見習いの子供たちのこと?」
「あーいや、そういう華々しいやつじゃなくてさ。もっとドロドロしてるんだ、私が言ってるやつは」

 そう言って彼女が語った、そのジュニアアイドルというものの内容は、私の全く知らない世界であったし、同時に知りたくなかった事情だった。要するに、変態性癖の男性に向けたイメージビデオの被写体である。齢十前後の幼女に、際どい衣装を身に付けさせる。大人が着たって白い目で見られる極小のビキニや、まだ本当には着たことがないセーラー服を。そして、そういったものをあどけなく着た幼女に、あらゆるメタファーをやらせるらしい。バランスボールの上に乗せて上下運動をさせるとか、アイスの棒を舐めさせるとか、まあ、意味も分からずするわけだ、そういったことを。で、それがどうしたのかといえば、彼女は元々、それだったらしい。

「世間ではジュニアアイドルって言われてるだけで、自分のことをジュニアアイドルだなんて思ったことはない。父親がこれを私にやらせる時に言ったのは、衣装のモデルってことだった」

 だってよ。それを聞いたからなんだって言うんだ。知りたくないし聞きたくもなかったな。

「松田美羽」
「なに?」
「私の、モデルの時の名前」

 彼女が帰ってから、私は、その名前をインターネットで調べて、それから、200,000という数字を見た。オークションで値上げに値上げを重ね、5年前には、別の出品者のそれが150,000円で売れていた。それの転売だか、全く別の人が売りに出したんだか、まるで知らないが、少なくとも、松田美羽という小学5年生のあどけない20分程度のエロスは、大人たちにこの程度のお金を動かせるものらしかった。

 その日のうちに、バイトに応募した。20万も稼ぐには、そこそこの無理が必要だった。部活も辞めた。成績も落ちた。あの子に、あの子のDVDを買うためにバイトしてるのだということは少しも言わなかった。まるで忘れたふりをしていた。20万貯めて、オークションで競り落とすと、届くまでに2週間も掛かった。出品者も、売れるとは思わなかったわけだ。買って届いて初めて、再生機器が無いことに気が付き、それが届くまでにまた3日待たなければいけなかった。リビングのテレビに映す訳にもいかないから、手元で再生できる物を買った。散々待たされたから、封を切る時の私の手は震えていた。原動力がなにかは知らなかったが、早く見なければと恐ろしい狂乱に駆られていた。

 なんてことない、ただ少女が、明らかに大人のマリオネットとして、動かされているだけの映像だった。彼女の目には色がない。意志もまるで見えない。言われた通り、やっているだけだ。だからなんだと思った。買う前の、届く前の興奮が嘘だったかのように消え失せ、私はただ目の前で自動的に行われている、少女の人生の破壊を、ぼーっと眺めていた。大した衝撃でもない。大人に怒りを覚えるわけでもない。彼女に憐れみを覚えるんでもない。そう、あれに似ていた。犬の交尾。ただ気まずいだけ。

 私は、それでも、もうあの子に話し掛けることはできなくなっていた。あの打ち明け話を聞いたあと、同情もできず、同時に無視もできないのなら、一体どうすべきだったろう。DVDは、ただ20万円したという理由だけでいつまでも私の手元にあり続けるだろう。

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