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page 36 Story of 永遠 8/17




美月「まだ、終わりたくない
まだ、留まっていたい
まだ、夢から覚めたくないって…きっと、そんな表現なんじゃないかって」


この曲のタイトル“トロイメライ”が『夢心地』という意味から、美月先生は曲の最後に付けられたフェルマータ記号について、そんな風に言った。


「それ…、

私は何となく理解できるんです」という彼女の表情から切なさが読み取れた。

割り切れない心の欠片を集めて不器用に留めた硝子細工みたいな彼女の切なさに痛みを感じる。


それはまるで青井旬を失った事に対しての表現のように思えてしまうから…。


永遠「でも…そのフェルマータの先にはもっと違う世界が待ってるって俺はそんな風に思うけどな」

美月「…その先?」

永遠「そう。この終止線の向こう側」

美月「終止線の向こう側なんて…そんな風に思った事、無かった」


彼女の瞳の色が明るく光を灯したのを見た。


フェルマータの夢から覚めたくないなら、俺はその時が来るまでいつまでも待っててもいいと思ってる。

けど、あまりにも哀しさだけのエンドレスなリピートならそこから連れ出したい。


          ・


人ってエモーションに付けたフェルマータは

いつまでも持ち越してしまうって思うから。


          ・


永遠「明日の本番、上手く行くか正直不安…」

美月「そうそう、大切な事をお伝えします」

永遠「大切な事?」

美月「今から17秒間、本番の演奏をイメージして味わって下さい」

永遠「は? 味わう? 17秒?」


美月「17秒間味わった思考は現実化に向かって動き出します。

先に気持ちを味わって欲しいんです。

私は撮影所をイメージする事は難しいけど榊さんは、場所の雰囲気を想像出来ますよね?

まずは場所をイメージして下さい」


    おお、もう始まっているのか…


美月「目は瞑っても一点を見つめる感じでも良いです。リラックスして呼吸を整えて下さい」


俺は言われるまま息をスッと吸い込み目を閉じた。


美月「榊さんは、とてもリラックスしてピアノの前に座っています。

スタッフの皆さんが静かに見守っています。

ピアノの鍵盤の手触り

鍵盤を滑らせる腕の感覚、

伸びやかな音の響き、

表現する楽しさ…

周囲を包み込む音、

達成感

感謝の感情

手を膝に戻す所まで…イメージをしてください」


ゆっくりと語る美月先生の誘導でイメージは不思議な程自然に体感として入った。


    美月「目を開けてください」

        永遠「…」

      美月「いかがでしたか?
   体感として本番を先取り出来ましたか」

        永遠「…はい。

    意図してない勝手な画像とかも

       イメージに入って来て…」

    美月「え、それは凄いです!」

 永遠「撮影所の部屋の隅に、

    何故か了と美月先生が…居ました」


         美月「え!」

 永遠「…なので明日、一緒に居てください。

    マネージャーにも伝えておくので」


美月「ふふっ、はい。

そういうハカライになっているんでしょうね。

榊さんごめんなさい。

私、さっき“手を膝に”なんて…

小さな生徒さんに対していつも言っている癖で、つい…言ってから気づきました」



笑いながら話す彼女を見ながら、

そういえば前も同じように、小さな生徒さんにするように手を額に当てられたっけ…なんて思い出した。




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