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「生身の」人に会う

言語化するなら今だと思ったので筆を執る。というかパソコンに向かう。
まだ考えている最中だからうまく言えないけれど。
最近ずっと考えていること:どうして人に会いたいか

オンライン飲み会・ビデオ通話をすれば馬鹿の一つ覚えみたいに「会いたい」「早く会いたい」って言っているが、どれくらい会いたいんだろう、と自分が分からなくなった。
ただ発語してしまうことが怖くて考えたいと思った。

私の話をすると、昔から別れが苦手だ。
舞台の終演、学期末、転校、帰り際・・・

「別れて時を過ごすということは、私たちが意識している以上に言い知れぬ不安の原因となるらしい。離れてしまうと、その間に別々の経験をするわけだから気持ちのずれや考え方の食い違いが生じてしまうことがある。だからこそ、両者の関係が別れる前と同じで、変わっていないことを確認したいのである。この理由から、挨拶行動がみられるのである。」

という文をなにかで読んだ。
これを今の状況に当てはめるとちょっとしっくり来た。
なんかもう本能的なものなのか、やっぱり。

実感として、生身の人に会いたいのってなんか、生存確認みたいな気がしている。画面越しじゃ生きてるか死んでるか分からない。
テレビの前の芸能人を見ているのと同じ感覚。
チケット取れなくてコンサート会場はいけてないのに、ライブビューイングは当たって、同じ時間に観れているけれど、中途半端な共有、みたいな。
(肉眼はキツイ、ライブビューイングじゃなきゃ見れないこともたくさんあるからライビュ普段は好きです。例えとして。)
ここまで書いてやっと私もみんなと同じでやっぱり体温を感じたいんか、と思った。
いや、でもこれもずっと考えてるんだけど体温って何?ぬくもりって?


一回みんなからもらった意見を載せておこうと思う。
【オンラインはいかが?】
・伝わってるか分かりずらい
・表情だけ見えてるのストレス
・触れ合いたい!
・聞き取りづらかったり、電波が途切れたりするストレス
・時差が生じる
・温度を感じにくい
・相手の会話の温度を熟知していないと難しい
・会話ができる/コミュニケーションを問題なく行えるツール
・空気をシェアしないと疑心暗鬼になる
・やめどきが難しい
・ぬくもりがない
・空虚感
・目が疲れるし、話を省略してしまう
2Dだと段々人に見えなくなってくる
・消そうと思えば消せるし、消えようと思えば消えられる→希薄
・自分の目の前にある美味しい料理やお酒を「試してみる?」と相手に差し出せないことが悲しい
・目の前にいる人との出会いを模倣した行為

※太字にしたのはふむふむと思った回答

これね、何人も書いてくださっていて、何回も出てきたワード「体温」「温度

相手との空気間ならすぐに納得できる。稽古中の熱量とかも然り。
でも普段そんな友達と話しているときに体温感じたことある?
私はない(と思う)。
「優しさに触れてぬくもりを感じる」は分かる。
この状況下になったから急に思い出すんだろうか、身体が。本能的に。

私はこのみんなに直接会えてない期間に普段からもっと人の顔を見ようと思った。なんか、オンラインだと顔しか映らないから見ない選択肢はビデオオフにするしかないからほぼない。
普段は横に並んで話していると、顔の方を見て話すけど、まあほぼちゃんと見ない。
対面することがあっても(食事のときとか)ちゃんと顔見てる?って思った。みんなの顔しっかり思い出したい。もやがかかる。
え、これ私だけ??

なんだか本筋からズレてきてしまった。
どうして生身の人に会いたいのか、みんなに直接会える日まで考えたいなと思います。
中間報告としてこのnoteを上げておきます。

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