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2021 さかさま

 自分の外見に興味がない。生まれたころから女らしくなかった自分に、ナルシシズムを持てなかった。
 自分の外見に価値を見いだせなかったので、ファッションや化粧やアクセサリーにも興味がない。顔はついていればいい、服は着られればいい、車は走ればいい。興味があるのは本と絵と音楽。それだけで物欲は十分深い。だから他にお金がかかる趣味がなくてよかったと私は胸を撫で下ろしている。

 子供のころは、本が好きでテレビが苦手だった。
 本は自分で好きなように読むスピードを調節できる。テレビは何でも時間が一定に流れている。そして情報量が少ない。
 クイズ番組を観て「ひとつの漢字の読み方がわかるのに何で五分もかかるの? 時間の無駄じゃない?」と思っていた。さぞかし嫌な子供だっただろう。
 テレビを観る人は情報を得るためではなくて、暇な時間を埋めるために観ている。大人になってからそう気づいた。
 私がテレビを観ないぶん、親は好きなようにテレビを観ていた。今でも親はテレビっ子だ。

「テレビを観なさい」
「化粧をしなさい」
「男の人と恋愛しなさい」

 二十代になって以降、私は人とは正反対のことで親に怒られつづけた。
 十代のころは怒られなかったのに。
 十代のころ、テレビやファッションや異性に興味がないことは私の美徳だった。
 しかし二十代になったらコロリと世界が反転する。
 十代のころはお勉強、二十代になったらいい男を捕まえて結婚。
 私はそこをきちんとわきまえていない女だった。

「十代のころに興味がないことは、二十代になっても興味がないんだよ。そんなに子供が都合良く育つものか」

 二十代の私は結婚をふりかざす親に反抗した。
 エロスのかけらもない自分に男性が一生付き合ってくれるとは、とうてい思えなかった。

 幼稚園生のころ、私は親の転勤で幼稚園を三回転校した。
 転校するたびに上級生やグループのボスに苛められた。身体が大きく喧嘩慣れしていた私は、四対一でも喧嘩に負けなかった。
 ほんとうに強い人間は弱い者苛めをしないものだ。私のような強い子供が本気で相手を殴ったら、相手に怪我をさせるからだ。
 そんな不遜な態度が鼻についたのだろう。グループのボスにえんえんと嫌われ続けた。

 小学校二年生のときも、特定の男子に苛められた。肝油を床にすりつけられたり、机を足で倒されたりした。
 手を出すのは常に向こうだったが、私もそれに応戦していたので、担任の先生に知られて問題になった。
「向こうがパンチをしてきたので、私がキックをしたら」
 先生は私の言葉を遮って言った。
「女の子がキックなんて言葉遣いをしたら、結婚できなくなりますよ」
 この状況で男子ではなく私が怒られるならば、私は一生結婚できなくていい。
 小学校二年生の私は強烈にそう思った。

 その思いが言霊になったのか、私は今も結婚していない。パートナーができる気配もない。
 男嫌いなわけではないので、男性の友人はいる。男性は私を女ではなく、草食性の仲間として扱う。

 小学校五年生のとき、担任の先生が生徒の第一印象を語ったことがあった。
 ひとりずつ名前を呼んで、生徒の印象を語っていく。
 私の第一印象は「強情」だった。

 私は強情なままで生きていくだろう。すこしもかわいげがなく、媚びもしない女として。

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