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2021 『蜜の厨房』さんのこと10 巫女と天女

 小泉蜜さんのサイト『蜜の厨房』のやおい論、第十回目です。
 今回は『蜜の厨房MENU-3 やおい少女の心理II 天から降る聲』をお送りします。

 やおいの発生には新興宗教の発生した状況とよく似たところがある、と蜜さんは述べています。

これまで述べてきたとおり、母性幻想の崩壊によって、少女たちの自我は非常に不安定になっており、それを安定させるべく発生したのが「やおい」でした。
したがって初期のやおい作品には、この「あらたなる幻想」を提示する力が非常に強い作品が多く、その結果、自我崩壊の危険にさらされた莫大な数の少女を、またたく間に惹きつけることになったのです。

 宗教の勃興に必要なものを、蜜さんは三つ挙げています。

教祖
組織
教祖の教え
そして、宗教を広めるために必要なのが「カリスマ」の存在であり、カリスマが民衆を集めてひとつの幻想を説くことから、宗教が始まります。
一昔前のコミケでは、売れっ子の同人作家さんというのはまさにカリスマ的存在でした。
その存在は神格化、伝説化され、あたかも「天女」のように崇拝され、その作品はやおい少女たちに「神のお告げ」のように扱われました。
その作品に描かれていたのは、少女たちがこれまで見たこともなかった「男と男」の恋愛であり、現実にはとうていありえないような、絶対的な愛の物語でした。
そしてそれらは基本的には「絶対の愛」による拘束から逃れようとして苦しむ物語であったり、「絶対の愛」など本当はどこにもないゆえに苦しむ物語だったのです。
そこには、非常に不自然な「男同士の愛」という設定の中に、社会において共同幻想が作り出した矛盾を、驚くほど反映していたのです。
男女平等などありえない。
母性愛など存在しない。
子どもは守ってもらえない。
不条理に虐げられている者がいる。
努力をしても報われない者もいる。
どんな人間関係でも、そこには必ず「支配」と「搾取」がある。
それらは過激な性描写をまじえて描き出され、古い幻想の崩壊によってぽっかりと穴の空いた少女たちの心の中に、確実に、「真実」として浸透していったのです。
大手サークルはごく少数に限られていましたが、その本は新刊なら万単位、再版のものでも千単位で飛ぶように売れ、莫大な額の現金が「コミケ」の中で流通することになりました。
中学生や高校生という未成年の少女たちが、お年玉やバイト代をつぎこんで、山のように同人誌を買ってゆきました。一般に書店で売られている商業誌と比較すると、かなり割高にみえるにもかかわらず、です。
教祖・カリスマ=同人作家
組織=コミケ
教え=「やおい」
これが、まだやおいが「やおい」であったころの構図です。
「教え」がまだ「教祖」の手にあったころの――――いうなれば「教祖」が「教え」を提示しない限りはなにも始まらない状態にあったころの構図です。
天女がお告げをしなければ、極楽浄土の存在を知ることもなかったのです。
まだ「やおい」という概念が定着しておらず、誰かがそのあらたな幻想としての「やおい」を提示しなければ、そこにはなにもすがるものがない。
カリスマの持つ権威は、人々にこの力を命令的、拘束的とは感じさせず、むしろ喜んでそれに従わせるのです。
それを手に入れるためなら炎天下に何時間も行列に並ぶことも厭いませんし、所持金すべてをそこにつぎこむのも、そのため身なりなどにあまりかまわないのも(いまではそういう少女は少数派になりましたが)、すこしも苦ではなく、むしろ喜ばしいことでさえあったのです。
これがわたしの考える「やおい創生期」です。そしてこのあと、さらに「やおい」は発展を遂げていき、ますます「宗教」との類似性を明らかにしていくことになります。

 『天から降る聲』の概要をご紹介しました。
 ここから先は私見及び補足です。

 蜜さんが指摘する「一昔前」とは、1980年代後半を指します。
 1980年代後半はバブルの好景気の最中であり、コミケでは『キャプテン翼』のパロディ同人誌が最盛期を迎えた時代です。
 1985年のプラザ合意によって極端な円高ドル安に誘導された日本は、海外では強くなった円で米国資産の買いあさりや東南アジアへの工場移転を行い、国内では不動産・株式の高騰を起こしていました。
 が、実体経済からかけ離れて資産価格が高騰したため、1991年には急速に資産価格が下落するバブル崩壊が起こり、現在まで続く不況の端緒となりました。
 一般の人々も不動産や株式の投機に走り、海外旅行や高級ブランドのショッピングなどに明け暮れました。そしてバブル崩壊で一気に資産を溶かした、そういう時代です。

 蜜さんが説明されている「やおい」は主にアニメ・漫画のパロディ作品を指します。今でいう二次創作です。
 「男同士の恋愛」自体は1970年代の少年愛に始まり、80年代も商業誌で連綿と続いていました。が、この商業誌作品と「やおい」は一線を画していました。
 まず「やおい」は一次創作ではなく、二次創作が主でした。そして「やおい」はコミックマーケットに代表されるコミケで、同人誌でしか入手できませんでした。
 そして商業誌ではマイルドな表現になっていた性描写が克明に描かれました。

  当時の「天女」に相当する同人作家には、このような方々がいらっしゃいます。

  尾崎南さん、高河ゆんさん、CLAMPさん、おおや和美さん

  大手の同人サークルで活動されて商業誌に拠点を移した作家さんたちです。

 当時の大手サークルでは、同人作家はアイドルのように崇め奉られていました。
 同人誌の即売会ではプレゼントや大きな花束が届き、ディスコ(今のクラブです)を借り切ってパーティーを開き、CDを出された同人作家もいらっしゃいました。
 1980年代後半に活躍した同人作家は1990年ごろには商業誌に移行し、1990年以降は商業誌で活躍するようになりました。
 当時の好景気に促されて、同人界も非常にきらびやかな世界でした。
 あれだけの栄華はその後の同人界にはなかったと思います。

 今回はここまでです。お付き合いありがとうございます。

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