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70/100 血の檻

文字書きさんに100のお題 054:子馬

血の檻

 休み時間の教室でSが本を読んでいた。三輪は窓際のSの席にちらりと目をやった。
 Sは優秀で品行方正なこの男子校の生徒のなかでもひときわ目立つ存在だった。
 Sはこの土地を治めた大名家の直系の末裔で、名君を謳われた江戸の藩主の肖像画とまったく同じ顔貌を持っていた。血族としか結婚しない彼にはすでに許嫁がおり、Sのもとには大名家の家臣の子孫が集まっている。令和の現在には想像もつかないようなヒエラルヒーが、旧弊な城下町であるこの街を覆っていた。
 Sは植物のような生徒だった。成績はトップクラスで、科目ごとに異なる家庭教師がついているという。科目ごとに異なる予備校へ行くのはこの学校では珍しくないことだが、家庭教師までが臣下なのだろうかと三輪は皮肉な気分になった。
 戦国時代から令和まで続く血脈……庶民には想像もつかない時の重さを、Sは淡々と背負っていた。Sの穏やかな黒目がちの双眸は、三輪の父が所有する競馬馬の優しい目を思い出させた。
 美浦のトレーニングセンターに、父と馬を見に行った。新馬戦を控えた牡馬の仕上がり具合を確かめに行ったのだ。
 調教を終えたばかりの馬の尻には、白い汗が浮いていた。栗色に輝く毛並みと、筋肉の浮き上がった絞られた馬体を眺めながら、サラブレッドも血統を背負って走る生き物であることにふと思い当たった。
 定められた運命に逆らうことを知らない馬とSは同じ目をしている。黒く澄んだ、深い目だった。その目に激情の色が載ることがあるのだろうかと訝しみながら、三輪は本を読むSから目を逸らした。

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