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68/100 小人活動

文字書きさんに100のお題 053:壊れた時計

小人活動

 先の戦争で人工衛星がみんなパーになって……宇宙からの攻撃が怖いので、真っ先に破壊されたのは人工衛星だった……一時期社会が大混乱に陥った。
 ネットワークはすべて遮断され、時計も狂い、天気がわからずナビも機能しない。パソコンのデータも日付がまちまちになり、パソコンは使えてはいるけれども社内LANがめちゃくちゃになった。
 社会の活動がフリーズしたのは一瞬だけで、それなりに平穏な日常が戻った。電波時計ではない、ふつうの時計で電車やバスが運行し、微妙な狂いはあるけれども、どうにか日常生活が続けられるようになった。数十年前はそれで生活していたのだから、以前が厳しすぎたのだ。
 会社も電力網が回復してからは、ふつうに出勤になった。以前ほどきっちりとはせず、夜仕事して朝帰る人もいる。
 朝出勤すると、机の上に加工された写真データのUSBが置かれていて、ああ今日も小人さんがお仕事していったんだなあと思う。小人さんの名前は楢崎さんというのだけど、会ったことはない。そして私のなかでは楢崎さんは小人さんだ。人が眠っているあいだにコツコツ靴を修理してくれる小人さん。
 仕組みがわからないものはすべて小人さんのしわざだ。炊飯器のなかには釜焚き小人さんがいて、冷蔵庫のなかでも冷凍小人さんが氷を生産している。
 楢崎さんは冷蔵庫にも仕事を残していっていた。芋ようかん。「みんなで食べてください」と付箋がついている。
 戦争後はみんないっせいに出社しなくなったので……真面目に九時から出勤しているのは私だけだ……芋ようかんをひとつ皿にもらって、お茶を沸かして食べる。和菓子屋の芋ようかん。職人さんがていねいにつくるのだろう。もっちりしていておいしい。
 私は芋ようかんとお茶を片づけると、楢崎さんの机に付箋を貼った。ごちそうさまでした。いつか楢崎さんにトリュフを置いておこう。
 インフラが寸断すると、いままでの生活は小人さんが支えてくれていたのだと実感する。蛇口から水を出せるのもパソコンで仕事ができるのも、見えない小人さんが社会を動かしてくれているおかげだ。その歯車があまりにも小さく精密なので私たちは気づかないけれど、きちんと動いているから変わりのない日常が訪れる。戦争があってよかったのは、そこに気づけたことだろう。
 私も誰かの小人さんになって、小さな歯車を動かそう。私はパソコンを立ち上げると、昨日のファイルを開いた。

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