「心理的安全性」より「衝突安全性」がよいのでは?

グループや組織のなかで,なにか発言すると馬鹿にされるとか叱られるとか,あるいは気を悪くされるとかが心配になり,最初に意見を言うとか,ましてや誰かの意見に反対意見を言うとかができない状態,つまり発言の内容・しかたによって人間関係が悪化するリスクがある状態を「心理的に安全でない」と呼ぶわけです.ところが予備知識なしで「心理的安全」という5文字だけから連想されるものは,当たり障りのないことだけを言って安全に時間が過ぎるのを待つような状態も含んでしまうらしいことに過日のの授業(リーダーシップ開発「理論とスキル」)で改めて気付かされました.
このことを授業後の教員TACAのミーティングで表明したときにハッと浮かんだのは自動車の「衝突安全性」です.衝突しても乗員は無事であるような自動車のことを「衝突安全性の高い車」といい,最も初期段階でボルボの三点式シートベルトに始まり,エアバッグ,衝突したときにキャビン(乗員の乗っているスペース)は凹まないけれどそれより前にエンジンルームの隙間が潰れてキャビンを守る(クラッシャブルゾーンの確保)とか,ピアノ線で吊ったエンジンユニットが衝突の衝撃で落下することで,エンジンがキャビンに突入してしまうのを寸前に防ぐ仕掛け(アウディのプロコン・テン)とか,いろいろな工夫がされてきました.ダミーを乗せた実車を衝突させてダミーが受ける衝撃や車の損傷具合をテストするようなことはだいぶ前から当たり前になっています.おかげで最近は80年代あたりに比べてコンパクトカーでもかなり衝突安全性が高まっています.
ぶつかっても大丈夫という衝突安全性以外に,そもそもぶつからないように,スリップしないブレーキ(ABS),レーダーの接近警告音やさらには自動ブレーキで事故を回避するといった積極的衝突安全性というのもすぐ出てくるのですが,心理的安全性のヨリ正確な理解のために有用な比喩は,むしろ古典的な受動的衝突安全性(ぶつかっても安全)のほうです.組織のなかで反対意見を言っても(衝突しても)お互い人間は傷つく心配はないので,(共同のゴールやイノベーションのためと分かっているから)どんどん衝突しよう,と合意して,衝突して車が動けなくなったら,降りて車を替える(別の意見に合流する等)だけでいいのです.ぶつからないように低速で走ろう(あまり発言しない)とか,周囲の車をよくみて平行に走ろう(反対意見を言わない)等の行動は,ここでいう(消極的)衝突安全性を活用しておらず,従って心理的安全性に寄与しません.心理的安全性の高めるのは,イノベーションのためにこそぶつかるんだという目標設定・共有,自らぶつかってみせて車をさっと乗り換える率先垂範,ぶつかるのを恐れて走り出さない人を見てアクセルを踏むよう促し,ぶつかったら車両を替えるよう促す相互支援,つまりリーダーシップではないでしょうか.

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