見出し画像

公共住宅と税制

少子化で公営住宅の取り壊し
 朝のテレビで私が住む県では、少子化なので古くなった公営住宅を取り壊し建て替えはしないことにしたと報じていた。表向きの筋は通っているように聞こえるが、なんか違和感が残った。人口が減ったから取り壊して建て替えは行わないということらしいが、なぜ人口が減れば公営住宅の需要は減るという論理になるのだろうか。もしかしたら需要は増えるのではとは考えられないのだろうか。
 個人的には、公営住宅は社会の課題を背負いながら生活の安心、安全を支えてきたはずである。これからもその役割は、変わらないはずである。おそらく行政に携わっている人たちの中に、ビジネス社会を想定した「自己責任」論が伏流しているように思われる。偏見だが民間の分譲住宅(団地やマンション)の開発は、公共住宅の政策の無策の結果であり反面教師である。行政と民間の「経済の活性化」という裏取引では、とも思わないわけでもない。公共事業(住宅など)が安定して供給されれば、民間事業はおそらく目減りするだろう。スマート・シテーなどと、民間をけしかけたりしているが、本末転倒でそれは公共の自治体の仕事であるはずです。
 少子化だからこそ、知恵を絞り、それが公共の自治体の福祉のための仕事です。性急に組織の解体や統廃合など前のめりの政策をリーダーの資質のように勘違いしておられるトップが多い。一時的な改革の爽快感は得られるだろうが、経験的には、いじくりまわして、あとは後始末もせず放置しているケースが多く、その自治体はそのうち崩壊していくだろう。長く続いてきたシステム(インフラ・教育・医療など社会共通資本)はむやみにいじくり回すものではなく、少しずつ是正したり、改定しながら、使いこなしていくしかない。一夜にしてすべての矛盾が解決され、明るい社会が訪れるということはいくら何でも無理強いであり、多くの人たちの助力を得ながら少しずつ住みやすい社会に変えていくしかない。
 
税制と福祉
 税制の改定案が浮上してきている。法人税には手を付けずサラリーマンや高齢者に矛先を向けている。
 誰かが言っていたが「税金を取られる」という感覚は世代ごとに循環するはずの相互補助制度が、次々と政府の都合で変更され、特に若い世代には、政治に対する不信が増している。言ってしまえば税金だけ取られて、将来の若い世代のための明確な政策は開示されず、不安は解消されていないということである。
 増税する必要性について強調するためにあの手この手の方便を並べているが、台所事情が苦しいのであれば家計を切り詰める算段を講じるのが、当然とであると考えるのが大人の常識である。どの地方自治体も国も自分たちが身銭を切るようなことには無関心のようで、どんどん無制限に予算が膨らんでいく。言ってしまえば自分で汗水たらして稼いだ金でないので使い放題ということだろう。
 独断的だが、税制改正する必要があるのだったら、まず社会で常識化している居住するための住宅の家賃や建設費を軽減する方策を行ったらと思う。家賃が現在の三分の二になったりしたら、税制改正には同意するだろう。すべてはその分野を野放しにして国民や市民だけにそのしわ寄せを押し付けるのは、誰だって不合理と思わない人はいないだろう。
 まあ国民も市民も愚民扱いで、馬鹿にされそれでも誰も怒らない、大変不思議でしょうがない。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?