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シン・仮面ライダーの特報を深堀ってみよう!

さてさて、世間ではシン・ウルトラマンが公開3日間でのスタートダッシュに成功したようで界隈はお祭り騒ぎですが、その話はまた別の機会に置いておくとして、シン・ウルトラマンの公開日である5月13日に突如として発表された、シン・仮面ライダーの第1弾となる予告編についてあれこれ突っついてみようじゃないか、という今回の記事。

庵野カントクのノスタルジー

予告を見た率直な感想は「これって式日じゃないか?」というものであった。
式日とは、2000年に公開された庵野秀明監督の長編実写映画である。
簡単な概要を書くと
映像作家として成功を収めるも、同時に精神を疲弊させた主人公カントク(岩井俊二氏)が、様々な事情から心を病んでしまった女(藤谷文子女史)と出会い、奇妙な共同生活を送っていく様を描くアート映画。
といった具合だ。
シャッター通りをあてもなく彷徨う男女二人や、複雑に交差する線路に佇むカットなど、式日にはシン・仮面ライダーの予告と似たカットが多数存在する。

本郷猛と緑川ルリ子
女とカントク。この位置関係の違いももしや・・・?
シン・エヴァでもお馴染みの線路
庵野監督の地元がロケ地である

こうしたモチーフは、ひとつは庵野監督自身の幼少期の原風景といった意味合いもあるのだろうが、シン・ゴジラ、シン・エヴァ、シン・ウルトラマンに連なるシン・ユニバース作品(と言ってしまう)は一貫して監督の過去作品に存在する要素を再構成して、エンタメとして提示して見せようとする意図を感じるのだ。
そして、共通して性善説にも近い肯定的な空気が根底に流れているという点も注目に値するだろう。

得てして作家色の強い映画監督の作品には、製作期間中の監督自身の精神状態が反映されてしまうものだが、式日がズバリ直近の旧エヴァンゲリオン劇場版の製作とその反響で受けた精神の疲弊をストレートに投影したものだとすれば、シン・ユニバース作品にはどこか「やはり作品作りで失ったものは作品作りで取り返すしかないのだ」という開き直りに近い、割り切った前向きさを感じる。

昨年のシン・仮面ライダー製作発表会での「ノスタルジーは捨てたくない」という監督の発言には、1971年の仮面ライダーに加えて、自身の過去作品すら、その対象に含まれていたのではないだろうか。

ヒロインをどう描くか

本作のヒロイン、浜辺美波女史演じる緑川ルリ子はティーザーポスターから一貫して意志の強さを感じさせるビジュアルであったが、今回の予告編では銃を構えるカットなどから、よりアクティブなイメージを抱いた。

グロッグを構えるルリ子

その凛とした眼光を見ていると、本作で本郷猛をショッカーの基地から逃亡させたのはこのルリ子なのではないかとさえ思えてくる。                               オリジナルでは、彼女の父親である緑川弘博士自身が、ショッカーとの戦いに於ける協力者として本郷を改造人間の被験者に推薦し、逃亡を幇助したという設定なのだが、今回はそのいずれかの役割をルリ子が担うのではないかと予想している。
父が犯した残酷な所業を、娘が償う展開とればなかなかにハードな展開が予想されるだろう。                                己がもう普通の人間ではないという絶望感からか、どこか病んだ雰囲気を漂わせる池松壮亮氏演じる本郷とルリ子のショッカーの追っ手から逃れる為のあてのない逃避行・・・
それって式日の男女逆バージョンじゃないか! 

もっと言ってしまえば、同じ監督作品でいうエヴァの赤木リツコ博士的な雰囲気も今回のルリ子には感じるので、父である緑川博士の立ち位置そのものが彼女に置き換わっているかもしれない。
まぁ、予告と同時に発表された追加キャストの松尾スズキ氏か塚本晋也氏のどちらかが緑川博士役の可能性が非常に高いのだけど。
手塚とおる氏は絶対にショッカー側だという確信もこめて(笑)

何はともあれ、もともと仮面ライダーが内包していた暗い要素に、庵野監督自身の作家性が加わったことによる化学反応に期待したい。

ショッカーの再定義

TVに出てくる悪の組織が掲げる世界征服なんて、誇大妄想もいいところだと笑っていられた時代も最早過去のもので、今や世界全体に拡張主義と帝国主義が再び広がりつつあり、力による論理がまかり通ろうとしつつある性質の悪い冗談のような情勢である。
そんな3月も終わり頃、本作のショッカーのエンブレムや諸設定が一部公開された。

あなたは今、幸せですか?

衝撃を与えるもの、とった意味の言葉から一転、今回のショッカーは頭字語であるようだ。※1
直訳すると
計算知識が埋め込まれたリモデリングを備えた持続可能な幸福組織」
である。なんともきな臭い文言がズラズラと並んでいる。
50年という時を経て、世界征服を企む悪の秘密結社は昨今話題のSDGs的な幸福実現組織に見事に変身を遂げたわけだ。
このあたりは、人類の存続を第一目的としていると嘯いた小説版仮面ライダーにおけるショッカーを連想させる。

この作品についての記事も別に書いているので是非

また、リモデリングという言葉には、かつての人体改造よりも抜本的且つ生命の本質に迫ろうとする意図をも感じさせる。
加えて、本作での改造人間に相当する存在たちはオーグメントと呼ばれるらしい。

バッタオーグ第1号

あまり馴染みのない単語だが、増加・増強といった意味だそうだ。
最近では実際に、人類の脳や肉体を現実世界・仮想現実の区別なく拡張しようとするHuman Augmentationという概念も提唱されているという。     

なんにせよ、ヒーローものは敵役が立ってないとおもしろくないものだ。 新解釈された令和の地獄の軍団に大いに期待したい。

※1 ちなみに本作と似たコンセプトを持つ仮面ライダーTHE FIRST(2005)でのショッカーも頭字語であった。
「Sacred Hegemony Of Cycle Kindred Evolutional Realm」        (直訳: 同種の血統による全体の、神聖なる支配権)
略してショッカー。wikipediaより引用。

旧1号編へのオマージュの数々

最後はお楽しみの「ここは○○でここは××のオマージュだぜ!」と言った、オタク特有の答え合わせコーナーで〆させて頂こうと思います。
ではこちらの画像をどうぞ。

好きだねー監督!

予告編が公開されてすぐに日本中、いや世界中のライダーファンたちに指摘されたところでもあるが、ライダーとクモオーグ(正式名称)が戦うシーンのロケ地は、前々から公式でも発表されていた通り、1971年の仮面ライダー第1話と同じ東京都奥多摩町にある小河内ダムである。
存外面影が残っていて、これにはちょっと劇場で声が出てしまった。                         

さてお次は、巷ではさそり男(女)ではないかと噂されるこの人物。

カニに見えなくもない・・・?

そして仮面ライダー(1971)から第3話のこのカット。

やはり初期ショッカー怪人は目がポイントだ

なるほど、たしかに布がはだけるタイミングもバッチリで両者はよく似たカットである。
ちなみに、現在のところ発表されているオーグメントの数はライダーを除けばクモ、コウモリ、ハチの3体のみ。
公式サイトを覗くと、ダウンロード可能な各オーグメントのマークの空きスペースが、あと3体分あるように見えるので、そのうちの一体がさそりと言う可能性は大いにあるだろう。
個人的にはコンドルかトカゲも是非加えてもらいたいところだ。

怪人話ついでに、以前書いたシン・仮面ライダーの記事で「今回の怪人は生っぽいラインで行くと思っていた」とぼやいていたのだが、予告を見てびっくり。いましたよ生っぽい旧ショッカーラインの怪人が!

公式でコウモリオーグと発表済みである
恐怖蝙蝠男!

この薄茶色の肌、禿頭っぷり、尖った耳!まさに昭和の人間蝙蝠ではないですか。傍らに掛けられた、耳もちゃんと収まるハットがお洒落だ。
個人的には、こいつの人間態が(あれば)手塚とおる氏だったらピッタリだなあと思っている次第。

さて、ビジュアル面でのオマージュ話はこのあたりにしておくとして、ストーリー面でのオマージュはどういった要素があるのだろうか。
今のところ式日オマージュ説が強い本記事(笑)ではあるが、何度か予告を見返しているうちに気付いた点がある。
1分弱の予告の中に、どうも警察の存在を意識させるカットを意図的に入れ込んでいるのだ。

本作の時代設定は昭和だという説がSNS等で囁かれているが、パトカーの型はどう見ても令和の現在のものである

そこではたと思い出したのが、仮面ライダー(1971)がまだ企画段階であり、マスクマンKやクロスファイヤーといった仮称で呼ばれていた頃に存在していた、とある設定だ。
それは「主人公本郷猛は、恩師緑川博士殺害の嫌疑を掛けられ刑事に追われている」というものである。
この設定の意図はおそらく、本郷の孤独さをより強調すると同時に、無実を証明するには己の秘密を明かさねばならないというジレンマを持たせて、ストーリーに厚みを出そうとしたものだと推測できる。
しかし、ご存知の方も多いだろうが、実際の作品ではこの「刑事に追われている」という要素は削除され、1話において緑川博士の娘であるルリ子にのみ上記の父殺しの疑いを持たれるが、続く2話でその誤解はすぐに解けてしまい、ストーリーの縦軸にはならずに終わってしまった。

これは、子供番組という性格上、過度に人物関係を複雑化させないといった当時の判断や、刑事がレギュラーに居たのでは、いずれショッカー対日本警察という図式になりかねないといった懸念から割愛されていったのだろうと思われるが、今回のシン・仮面ライダーでは、その没になった設定に真正面から取り組むのではないかという考えに至ったのだ。
殺人容疑で警察から追われ、この世に味方がいないロンリー仮面ライダー。それを支えるルリ子。だが、その関係すらもどこか危うい・・・
私はそんな印象をこの予告から受けた。

さらにもうひとつ、予告で気になったことがある。                       本作の本郷が常にライダースーツを纏っているように描写されている点だ。今のところ私服のカットは、ティーザーポスターやSNS含め出てきていない。これはもしや、本作の本郷は変身状態が解除出来ないという設定なのではないだろうか。                                或いは「スーツの下は既に人間とは程遠い外見である為、脱げない」といった設定ではなかろうか。

マフラーのない姿が度々映るのも気になるところだ

もしそうであれば、殺人容疑云々以前に、おそらくショッカーの存在を知らないであろう人が大多数の社会の中においては、疎外され追い立てられる対象に否応なくなってしまう。
そんな苦しみと悲しみの中、本作の本郷猛は何の為に戦うのであろうか。
人類の自由と平和のため・・・?
予告編と同時に発表されたポスターには、こう記されている。

萬画版のとあるコマから着想を得たポスター

仮面ライダー本郷猛は増強された人間である。
彼を強化したショッカーは人類の幸福を追求する愛の秘密結社である。
仮面ライダーは人間が人間であり続けるためにショッカーと戦うのだ。

私は庵野監督が書き下ろしたというこの文章に、これ以上ない人間賛歌の意志を感じるのだ。

シン・仮面ライダー。公開は2023年3月予定である。










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